なんとか自分を元気にする方法

妻のトリセツ(黒川伊保子)

妻のトリセツ

夫婦間ギャップに悩みはつきない

夫婦関係に悩みはつきない。
基本的に相手にイライラさせられることが多いし、年に数回は家出したくなるし、5-10年に一度はビッグウェーブ(大きな危機)がおとずれ離婚したくなる。

ビッグウェーブが来たときは、離婚という最終的な選択肢を避けるべく(たぶん離婚の前に別居を提案するが)、苦しみながら打開策を考える。

でも自分の頭からはいい考えが浮かばず、行き詰まるので、夫婦関係に関する本を読んだり、ネットで検索してアドバイスを探す。

離婚の危機とはいっても、妻がこれ以上夫に耐えれないといった、一方的で個人的な危機意識で、夫はなにも気づかずのうのうと生きている。

妻からの離婚の提案が夫には寝耳に水のことが多いというが、この夫婦間ギャップはなぜ発生するのだろうか?

妻のトリセツ

その答えが『妻のトリセツ』に書いてある。

前にも別の本から男女の根本的な発想・行動の違いを教えてもらって少しは男女脳の違いがわかった気になっていたが、『妻のトリセツ』を読むと「えっ、男子って、そうなの!?」というさらなる発見がいろいろあって面白かった。

この本は夫が読むものとして書かれているそうだが、『妻のトリセツ』をハイと渡して、読んで、反省して、行動を改善してくれる夫はかなり夫としては優秀なのではないだろうか?

実際にアマゾンなどの本のレビューを読むと、自発的に購入して、実践している夫も少数いるみたいだ(効果は出ているそうだ)。

例外はあるとしても、問題意識がないこと、この本にも書いてあるが、世の中の大半の男性がなにも察しないことが、女性にとっての絶望のよくある原因だ。

とはいえ、言葉で表現せずに察知しろというのは、公平に見れば理不尽な要求だ。男性側からすれば「なぜ言葉でいわずに察知しなければならないのか?」と、不思議でしかたないだろう。

(この本を読んで、男性脳で自分のブログ記事を読むとすごく理不尽なことを書いていると思う)

妻の論理

『妻のトリセツ』によると、女性は、太古より哺乳類のメスとして、子供を産み、育てる性として存在してきた。
その体質は現代を生きる女性にも引き継がれている(たしかに女性が出産する性である事実は変わっていない)。

赤ちゃんは言葉をしゃべれないので、母親は赤ちゃんがいだいている問題をつねにすばやく発見・解決してやらなければならない。さもなければ脆弱な赤ちゃんは病気にかかってなくなってしまう可能性がある。種が絶えてしまう。生物にとっての死活問題である。

その最大の危機を回避すべく進化した女性脳によって、女性は察する能力が超人的にすぐれている。超能力者である女性同士ならたいていのことは察しあえるのだ。

私は兄弟も、男友達もいないので、結婚するまでは(というか男女の違いに関する本を読むまでは)、男性も同じ能力保持者だと思い込んでいた(人間に備わっているものと)。だから、夫がいろんなことに気づかないふりをしていること、妻の問題を無視していることが許せなかった。

だが実際は、男性は別種の生物で、女性とは異なる超能力を保持しているらしい。妻があたりまえにできることができないけれども、ほかのことは妻よりもうまくできたりする。男性の特殊能力は空間認識能力(距離や位置関係を把握する能力・鳥瞰力・俯瞰力)だ(荒野に狩りに出て、目印の距離や位置関係を瞬時に測り、獲物を捕らえ、再び洞窟に戻ってくるため)。

夫の論理

私がふだんから夫の性格の中でもいちばん不思議で、理解不能でイヤだったのが、自分(夫)と私(妻)の区別がつかないことだった。自分のものも、妻のものも、ぜんぶ一緒で二人のもの(共有化)。自分が好きなものは妻も好き(同一化。実際の好みはまったく異なる)。

この夫の不可解な言動の謎に対する答えが『妻のトリセツ』に書かれていた。

男性の空間認識能力の延長に拡張機能(拡張感覚)があるそうだ。だから

バイクのメカや道具を、自分のからだの一部のように感じている。まるで神経が繋がっているような感覚でバイクを操り、道具を使う

(『妻のトリセツ』より)

で、いつの間にか妻も、自分のからだの一部のように感じて、まるで神経が繋がっているような感覚で、操り、使っている!?
えーっ、メイワク、メイワク! いますぐやめて!
・・・と、いいたくなる。

でも、妻が察することを中止できないように、夫は妻を自分のメカや道具のように感じることを中止できないのだろう。今後はおおめにみるか、と思った。

男性にとっての「愛の証明=責務を果たすこと」という説明も新鮮だった。
男の愛は、小学生が、小学校へなんの疑いもなく通うことに似ているそうだ。
ヘンだけど、そうかも・・という気もする。
その感覚で男が思い描いている女の愛は、毎日小学校(仕事)に行きさえすれば、毎日教室に席があって(心地よい家庭でくつろげて)、毎日美味しい給食(ごはん)が食べられる。そういうものらしい。
小学校と違って、妻の反応はもっと自由で予測不可能なので、夫は困惑するわけだ。

感想

著者が女性なので、『妻のトリセツ』は妻に甘く、夫に厳しい。でも少なくとも女性の言動に関する分析はかなりあたっている。

私はとくべつ個人的に敏感で、察する能力がすぐれているのだとこれまで思い込んでいたが、女性の大半がそうらしい。男性よりも体力的にはおとっていて、見えない家事をなんとかこなそうと毎日孤軍奮闘してへとへとになっているのも、私だけではないらしい。そういうのは女性共通らしい。それがわかって少し救われた。

また、うちの夫だけがとくべつ鈍感でヘンテコリンなのかと思っていたが、男性共通の鈍感で(女性から見れば)ヘンテコリンな感性があるらしい。妻にとっての夫というのはそもそも異種族/宇宙人みたいな存在で、自分と同じ考えかたや行動を期待しても、なにひとつやってくれなくて絶望するだけなのだ。みんな同じようなパターンで苦しんでいるとわかって救われた。

とりあえず夫にやってほしいことがあったら感情をおさえて言葉で論理的に説明する。
夫に自分と同じ感性や能力を期待しないことがストレスをためないコツのようだ。

妻のトリセツ – 黒川 伊保子

妻のトリセツ – 黒川 伊保子(講談社+α新書)

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