なんとか自分を元気にする方法

銃・病原菌・鉄(上)/ジャレド・ダイアモンド

(※ネタバレありです)

『銃・病原菌・鉄』が生まれたきっかけ

1972年にニューギニア人のヤリがアメリカ人のジャレド・ダイアモンドに投げかけた問いが『銃・病原菌・鉄』を生んだ。

白人はたくさんのものを発達させた。
ニューギニア人には自分たちで発達させたものがほとんどない。
それはなぜか?

世界で見られる大きな格差の原因をジャレド・ダイアモンドは25年かけて探究した。

この本の中にヤリに対する答えを書いた。

世界の格差の原因

ニューギニア人もアメリカ人も頭のよさのレベルは変わらない。

むしろ地理、風土、気候、動植物の分布といった人間の外にある要素が小さな格差を生み、そこから1万3000年かけて現代まで格差が大きく広がっていったようだ。

地理、風土、気候、動植物の分布にかんして恵まれていたのはアジア南西部のメソポタミア(肥沃三日月地帯=トルコ/シリア/イラクの辺り)で、紀元前8500年頃に世界で最初の食料生産が始まった。

人類の進化には一定の方向性と段階がある。

最重要なのは食料の獲得だ。しかもより効率のよいやり方に変わっていく。

よく聞くフレーズだが、狩猟採集生活から農耕生活へ、ということだ。

字面からすれば『どっちもどっちじゃない?』という気がするが、歴史的に見れば両者の違いはとても大きい。

第2章「平和の民と戦う民の分かれ道」にその違いがポリネシアの島々を例にとってわかりやすくまとめてある(p95~)。

【狩猟採集生活】日々の食料を確保するだけで1日が終わってしまう生活。食料がギリギリなので人口が増えない。技術が発達しない。

【農耕生活】食料を自分たちで生産できる。余剰をたくわえておける。人口が増える。食料生産以外のことをする人員が生まれる。技術が発達する。人口密度が高くなるほど技術/経済/社会/政治的に複雑化/専門化する(p113)。

技術は南北より東西に伝播しやすい

第10章「大地の広がる方向と住民の運命」(p326~)も面白かった。

便利な技術などの情報は、大陸を縦方向よりも横方向に速く移動するということが説明されている(自然の障壁がたちふさがることもあるが)。

その点でユーラシア大陸は有利な条件をそなえていた。

ヨーロッパ人がアメリカ先住民を植民地化した要因

ジャレド・ダイアモンドは旧世界VS新世界=ヨーロッパ人VSアメリカ先住民の格差の要因について第3章「スペイン人とインカ帝国の激突」(p121~)で結論めいたことを書いている。

そしてそれはこの本のタイトルにもなっている。

「銃・病原菌・鉄」が現代にいたるまで「持てる者」と「持たざる者」を分け隔てた3大要因ということだ。

1万3000年かけて広がった「持てる者」と「持たざる者」の格差は、集大成的なかたちで1492年のクリストファー・コロンブス以降に明らかになった。

ジャレド・ダイアモンドは、格差を象徴した事件として、1532年のスペイン人フランシスコ・ピサロとインカ帝国皇帝アタワルパの衝突について本書の最初の方で詳述している。

そして「銃・病原菌・鉄」を持つにいたるまでの人類の気の遠くなるような歴史を後の膨大なページの中で説明している。

インカ帝国の土地で兵士数では圧倒的に不利だったピサロが手際よくアタワルパを捕らえて後に処刑、完全な勝利をおさめた要因は・・・

直接的には馬(騎馬隊)、鉄製の武器/銃器、間接的に天然痘、タイトルにはなっていないが文字/情報の有無も重要だ。

病原菌が格差を助長した

本書のタイトルに含まれている病原菌については、第11章「家畜がくれた死の贈り物」(p358~)で言及されている。

ジャレド・ダイアモンドは、世界の格差をもらたした要因の1つに病原菌があるという。

病原菌は家畜化された動物から人間にもたらされることが多い。

動物と接触する機会が多くなればなるほどリスクは高まる。

だが人間は動物と触れ合うのが好きなので、病原菌が感染することは避けられない。

病原菌も、生き残りや発展のために手を変え品を変え戦略を立てている。

なんとか勢力を拡大したいと願い、増殖できる隙をうかがっている。

自然本来的に増殖したいと願う点では、人間も病原菌も立場は変わらない。

ただ両者の利害は対立しているので、やるかやられるかという全面戦争が歴史上で繰り返された。

感染症にかかりやすい農耕生活/都市生活

『銃・病原菌・鉄(上)』でここまで読んできたように、人間は時代を経て狩猟採集生活からより効率的な農耕生活に移っていった。

狩猟採集生活では動物を飼っているわけではないので、病原菌をもらうチャンスが少なかった。

一方、農耕生活では植物栽培化と共に動物を家畜化することが多いので、ここから病原菌が人間に取り入るチャンスが増大した。

農耕生活は社会が発達/複雑化しやすいので、都市が発展し人口密度が高まった。

人口密度が高まれば高まるほど病原菌の感染効率は上がった。

病原菌に対して人間は抗体をつくって免疫力を上げ抵抗した。

農耕民族の歴史は病原菌に対する免疫力を獲得し遺伝子に刻み込む歴史でもあった。

だから1492年のコロンブス以降、免疫を持つヨーロッパ人が持ちこんだ病原菌によって、免疫のないアメリカ先住民は次々に倒れていった。

農耕生活の歴史=病原菌との戦いの歴史の長さが、歴史の短い人間に対して有利に働き、さらに両者の格差は広がっていった。

銃よりも病原菌のほうが短期間で人間を殺害できるという。

ちなみに過去最大の感染症は1918年頃に流行ったインフルエンザで、世界で2000万人が死亡したそうだ(p371~)。

動物を家畜化できない6つの理由

人類1万3000年の謎を解き明かす真面目な内容なのだが、リアルに面白いエピソードが書かれている部分もある。

たとえば、第9章「なぜシマウマは家畜にならなかったのか」。

人類の進化の歴史にとって、植物を栽培化(効率よく大量に食べられるように改良)することや、動物を家畜化(同上)することは不可欠な要素だった。

この章を読むと、これだけ多種類の動物がいるにもかかわらず、人間が家畜化(便利に利用)できる動物が少ないことに驚かされる。

どうしても家畜化できない動物の例としてチータが挙げられている(314ページ)。

ジャレド・ダイアモンドによると動物を家畜化できない要因は6つある。

(1)餌(2)成長速度(3)繁殖方法(4)気性(5)パニック気質(6)序列集団性だ。

チータの繁殖方法

チータは繁殖方法が難しくて家畜化できない。

というのは、チータの雌が排卵/発情するためには前もって「何頭かの雄が一頭の雌を何日間か追いまわ」さなければならないそうだ。

けれども檻で飼われたチータの雌は野生本来の求愛行動をしない。

だから人間はチータを思いどおりに繁殖させられない。

チータ本来の繁殖方法の面倒臭さが面白くも不思議だし、またチータを繁殖させるために野生のチータの群れを根気強く観察してその結果チータの繁殖をあきらめた人間がいるというのもドラマチックだ。

猫は家畜か?

リーダーを筆頭に群れる習性のある動物の方が一匹狼的な動物よりも家畜化しやすい。

たとえば「馬、羊、山羊、牛、そして犬の祖先(オオカミ)も」(←「一匹狼」という言葉は・・・!?)

「群れをつくって集団で暮らす動物は互いの存在に寛容」らしく「本能的に集団のリーダーに従って行動」する。

人間がその集団のリーダーの役を獲得すれば、群れを自在に動かすことができる。

猫の習性はこれとは異なる。

群れをつくらず、自分だけのなわばりを持って単独行動する習性のある動物は互いの存在に寛容でない。

本能的に従順でない。

本来、猫とフェレットは「序列性のある集団を形成しない問題」があるので家畜化されないはずだが、例外的に「人間に飼いならされて家畜となった動物」だとジャレド・ダイアモンドはいう。食用ではなく狩猟用/ペット用だ。

猫が「家畜」扱いされていると知ったらどう思うだろうか?

また、人間には「序列性のある集団を形成」するタイプの人間としないタイプの人間が入り混じっているようで面白い。

感想

この本はページ数が多いし難しい。なんだか退屈な説明が延々と続く部分も多い。

けれども、この世界をたまにはジャレド・ダイアモンドのような壮大な視点で俯瞰するのも悪くない。

誰かに話したくなる新発見が満載だ。


おすすめの読み方

ジャレド・ダイアモンドは結論を最後か最初に書くクセがあるので、説明部分が長くて読みづらくて挫折しそうなときは章の最後とか最初を先に読んでから中身を読むとわかりやすくなる。

最初読むと理解できない、内容が頭に入らない部分も、2度目に読むと理解できる(ポイントを先取りした読み方のほうがいい。究極的なポイントは、人種によって頭の良し悪しに違いがあるわけではない、ということ(頭の良し悪し以外に格差の原因がある)。なんとなく「そうだ」という合意はあるけれど、それを証明するのは至難のワザ)。

■銃・病原菌・鉄(上) – ジャレド・ダイアモンド(草思社文庫)

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