(※ネタバレありです)
スウェーデンの警察小説にはまっている。
ストックホルム警視庁殺人課のマルティン・ベックが主人公のシリーズ全10冊だ。
先日全巻を読了した。
(出版年)(タイトル)
1965 ロセアンナ
1966 蒸発した男
1967 バルコニーの男
1968 笑う警官
1969 消えた消防車
1970 サボイ・ホテルの殺人
1971 唾棄すべき男
1972 密室
1974 警官殺し
1975 テロリスト
舞台がスウェーデンだから、何もかもが知らないことだらけで新鮮だ。
ガイドブックのように見知らぬ土地を案内してもらえる楽しさもある。
登場人物は、政治家から貧困者、麻薬中毒者まで、スウェーデン社会を丸ごと含む多彩なラインナップになっている。
私はミステリーとしてのトリックや謎解きにはそんなにこだわりがない。
外国の小説でいちばん興味があるのはその国、その街の様子、雰囲気、人々の姿形、ファッション、考え方、行動、日常の過ごしかた、食べ物、余暇の過ごしかた、人間同士の距離感、職場の人間関係などだ。
作者のマイ・シューヴァルとペール・ヴァールー夫妻はとても社会意識が強いので、スウェーデン社会や警察に対する批判的な記述もときどき見られる。
日本人にとってスウェーデンは福祉国家の優等生というイメージがあり、お手本としてしばしば取り上げられるくらいだが、その実態は喧伝されているイメージとは異なるのかもしれない。
あるいはこのマルティン・ベックシリーズが書かれたのは1965年から1975年と半世紀も前なので(でも古さを感じさせない)、本シリーズ中に書かれている深刻な社会問題(若者の間にはびこる深刻な麻薬問題など)は、いま実態を調査すればもしかしたら劇的に改善しているのかもしれない。
そういったスウェーデン人による自国批判も興味深いが、しかし小説でいちばん魅力的なのは、マルティン・ベックをはじめとした登場人物たちの人間描写だ。
シリーズをつうじて継続的に登場するのはマルティン・ベックをはじめとした警察官の男たちだ(少数の女たちも)。
特に印象的な登場人物を紹介してみる。
マルティン・ベック
主人公。50歳くらい。黒髪。優秀で職務に忠実な警察官だ。
ベックは他の警察署の応援に呼ばれることがある。
あるときモーターラに出張するためにストックホルム中央駅にやって来た。
その駅の構内での自己描写。
ベックは背が高く、顔は面長、額が広くて顎がはっている。よそ見にはちょうど田舎から上京したばかりの、右も左もわからない、困惑している中年男に見えるかもしれない(『バルコニーの男』より)
直後14歳くらいの少女から自分のヌード写真を買わないかと話しかけられる。ちょうど彼の娘と同じ年頃だ。
写真は駅の証明写真自動撮影ボックスで、下着をつけずワンピースを胸の高さまで引き上げて自撮りしたものだ。
ベックは写真を買わず、近くにいた警官に報告するが、警察は取り締まれないのだという。
写真は、他の男が買うだろう。
そしたら少女はその足で「覚せい剤やマリファナ、もしかするとLSDなどを買うにきまっている」
ベックは口数は少ないほうだが、真面目なだけの堅物ではない。
犯罪者も自分と同じ一人の人間として扱うし、ユーモアのセンスもある。
出張先で一度だけ部下と浮気をしたこともあるし、事件の関係者と恋に落ちたこともある。
全身の感覚が硬化/麻痺してしまった仏頂面のおじさんタイプではなく、生身で1分1秒を精一杯生きている、私たちと同じ温かい血のかよった人間として魅力的に描かれている。
妻と別居して一人暮らしのマンションでは、夜中に防音された部屋でバッハのブランデンブルグ協奏曲などを聞きながらビールを飲み、タバコを吸う。
古い船が好きで、時間があれば部屋で船の模型を作るのが趣味。
クリッパー船〈フライング・クラウド〉〈カティ・サーク〉、練習船〈デンマーク〉など。
船に関する本も読む。
クルト・ベリェングレンの『群島の蒸気船』など。
出張先には顔なじみになった気の合う警察官がいることもある。
2日間の出張に5日間の有給休暇をプラスして、2人でボートをこぎだし、網で魚をつかまえて、夜は酒を酌み交わす。
ベックだけでなく、周りにいる他の警察官も日本人とはまたタイプの異なる個性派ぞろいで読んでいて退屈しない。
レンナール・コルベリ
ベックの右腕。
コルベリくらい有能な刑事も少ないだろう。彼は一貫してベックの最も信頼のおける補佐役であったし、最も的確な判断を示す羅針盤であった。的を得た疑問を呈し、妥当なヒントをだす男だった(『唾棄すべき男』より)
コルベリは人一倍敏感な男である。年来の僚友に関してはひときわそうだった。ベックのことなら裏も表も知り抜いている。彼の態度に現われる心理のひだを読みとることなど朝飯前だった(『同上』より)
じっさい、いまどき警官でいるというのはいやなものだ、とコルベリは思った。自分の属する組織がしだいに堕落していくのを目のあたりにしながら、どうすることもできない(『密室』より)
いったい、どうしたものだろう? クビを覚悟で自分の考えを率直に吐露するか? それも芸のない話だ。もっと実のある方法があるにちがいない。それに、自分と同じ角度から現状を見つめている幹部も、他にいることだろう。だが、それはだれとだれで、どれくらいの数に達するのだろうか?(『同上』より)
コルベリは美食家で、女性に対しても同様という。
妻は14歳下のグンという名の女性。
インテリジェンスとユーモアのセンスを兼ね備えた、魅力的で官能的な女性だった(『唾棄すべき男』より)
コルベリは妥協せずに理想の女性が現れるのを41歳まで待ち続け、あきらめかけたところでグンと出会い、結婚した。
それからずっと幸せな家庭生活を送っている。
グンヴァルド・ラーソン
殺人課イチの暴れん坊。元船乗り。
体がでかく言葉も振る舞いも乱暴だ。
忖度知らずで、乱暴な言葉は上司にも容赦なく放たれる。
読者として端から見ているだけなら愉快なキャラクター。
ファッションに細心の注意を払うグンヴァルド・ラーソンは、仕立てたばかりの新調のスーツをウキウキと仕事に着ていって、事件に巻き込まれてその日のうちにパーにするのがお約束だ。
彼は次いで鏡の前に立った。身の丈192センチに及ぶ金髪の巨漢が映っていた。体重は104キロ。年ごとに増加の一途をたどっているのは如何ともなし難い(『唾棄すべき男』より)
彼の独身の城は、その城主の趣味の良さと鑑識眼の確かさとを明瞭に物語っていた。家具、絨毯、カーテンをはじめ、白いイタリア製の革スリッパから台座の回転するノードメンド製カラー・テレビに至るまで、およそ一級品でないものはない(『同上』より)
部内では偏屈な人間と見なされていて、同僚たちから好かれているとはとても言い難い。彼は彼で、同僚たちばかりか自分の家族やそれが属する上流階級そのものまで毛嫌いしていた(『同上』より)
ベックは同僚のラーソンが嫌いだったが、5年間かかって彼の言動に慣れ、さらに5年かかってラーソンのことがわかってきた。もう5年間たてば、お互いに好きになれるだろうと考えている。
ああ見えて、ラーソンという男は外国語に強いんです。英語、フランス語、ドイツ語、みな流暢にしゃべりますし。ロシア語も少々話すはずですよ(『テロリスト』より)
ラーソンは同僚のエイナール・ルンと仲がいい。ルンだけが友だちだ。
エイナール・ルン
フィンランドの最北端にあるラップランド出身で、妻も同郷の人。
彼はどうしてもストックホルムは好きになれなかった。まだ45歳だというのに、早くも定年退職してアルイェプローグに引きこもる日が訪れるのを心待ちにしているのもそのためだった(『密室』より)
赤鼻で、温厚な性格。
なぜかグンヴァルド・ラーソンとウマが合う。
マルティン・ベックとは相性が悪い。
お互いに相手の能力はイマイチだと思っているフシがある。
署内では作成する書類の文章がつたないことを馬鹿にされている。
エイナール・ルンは切れ者などではない。…周囲には、彼を有能な警官と見なしている者もいれば、凡庸な警官の見本と評する者もいる。いずれの評価が当たっているにしろ、多年にわたって精勤を励んだ結果、殺人課の警部の地位についたことはたしかである(『唾棄すべき男』より
スウェーデンに興味がある人もない人もぜひ読んでみてほしい。