まえがき
池波正太郎の『むかしの味』の中に、以下の記述がある。
当時、木下仙という作家の、モダンな山岳小説……というよりは、上高地のキャンプ小説が好きだったので、上高地では四度びほどキャンプをした
引用元:池波正太郎『むかしの味』
「あの池波正太郎が好きになって実際にその舞台に4度も足を運んだ小説はいったい何だろう?ぜひ読んでみたい」と、読書好きな人は思う。
さっそくググってみたが答えがはっきりしない。『山・山・人間』があやしいが、池波正太郎以外にこの山岳小説を実際に読んだ人はいないみたいなのだ。
古くてマイナーな本なので1冊も販売されていない。
近所の図書館の蔵書をインターネット検索したけどどこにもない。
著者の故郷である松本市の図書館にはあるようだが、今すぐ行けない。
「こういうときには国立国会図書館だ」と思いついた。前から一度行ってみたいと思っていたのでちょうどいい。
国立国会図書館の食堂と喫茶店
前もって休館日やアクセスについて調べていたら6階に食堂があることがわかった。食堂が大好きなので楽しみがふえた。
食堂が混んでないと思われる13時半ごろ到着。
まず新館で登録利用者カードをつくり、本館6階の食堂に移動。
メニューがとてもたくさんある。日替わり定食だけで3種類。あとは麺類、丼物、カレー、フライ定食など、ひとつに決めるのが大変だ。
ソースカツ丼570円を食べた。
本館3階にも喫茶店がある。ここでも数種類のランチが食べられるみたいだ。今度はここで食べてみたい。
まるで博物館のように立派な建物で中も広い。
パソコンがのった机がたくさん並んでいて人々が一生懸命調べものをしている。
最初にさわったパソコンは在庫とは別のことを調べるためのものだった。
次にさわったパソコンで蔵書検索ができた。
木下仙著『山・山・人間』
木下仙の小説はそんなに多くない。1923年生まれの池波正太郎が「少年期を脱したころ」の小説にしぼるとやはり『山・山・人間』に行きついた。
出版年は1935年だがデジタル化されていて、検索したパソコンですぐにダウンロードして読むことができた(あとで考えると、このパソコンはデジタル化資料検索用のものだったのかもしれない)。
旧字体・旧かなづかいでこう始まる(一部新字体を使用)。
「先生! 百瀨先生! 大變よ、とても大變よ」
ロミオ君とアキちやんとは、小學校の校舎の裏手へ廻ると其處の物置小屋――これが百瀨先生の御住居であり、アトリエなのです、――の扉をどんどん敲きました。
引用元:木下仙『山・山・人間』
主人公は、小学生のロミオ(本名今井弘道・魚獲りの名人で野球選手)で「アキちやん」はロミオのお姉さん。他に女学校に通う2人の姉と中学生の兄がいる。父親はロミオが母親のお腹にいるときに亡くなっている。ジユーチカという犬を1匹飼っている。
舞台は長野県の自然豊かな山あいの村。慣れない者は「河の瀨音」がうるさくて眠れないほど大自然が迫っている環境だ。
ロミオの家に下宿していた元代用教員の峰(村)先生が上高地でのキャンプを提案するところから話が始まる。百瀨先生(峰先生の友人で絵描きで騎兵少尉)、ロミオの兄と姉たち、ヒゲ先生など巻き込んで、多数のメンバーで、夏休みの始まりに、ドタバタとキャンプが決行される。
ロミオが住んでいる村や上高地付近の具体的な地名・生物の名前などがたくさん登場するのでとても臨場感があり、行ったことのある人はなおさら楽しいと思う(谷川・梓川・槍・犀川・信濃川・木曾川・桔梗ヶ原・袴腰・鉢伏・筑摩野・安曇野・美しヶ原・八ヶ嶽・河鹿・岩魚・アメ鱒・澤山など)。
作者の木下仙は小説の舞台のような長野県の村の出身者で、大自然の中で登山や釣りをしながらノビノビと成長した少年のように思われる。山の素晴らしい景色、自然の中での様々な活動が、これ以上ないほど生き生きと魅力的に描写されており、10代の池波少年が夢中になったのも不思議はないと実感できる。
興味のある人はぜひ読んでみてください。
国立国会図書館ホームページ:http://www.ndl.go.jp/
※国立国会図書館には関西館もあるのでそちらでも読めるかもしれません。
<DATA>
『山・山・人間』
・著者:木下仙
・装幀・挿画:足立源一郎
・出版社:竹村書房
・出版年:1935年(昭和10年)
木下仙(きのしたせん)
・1904年(明治37年)長野県下伊那郡竜江村生まれ。
・愛知医大中退。小学校代用教員。1930年(昭和5年)京都帝大文科卒。
・都新聞懸賞小説当選。
・東京市社会局勤務。都新聞文化部記者。
・終戦後、故郷に帰り、農業に従事する。
・1951年(昭和26年)から1959年(昭和34年)まで竜江村長を務める。
・著書:『山・山・人間』『浅草の娘達』『南の島の昔噺』『村長日記』他。
(木下仙のプロフィールは木下仙『村長日記』を参照)
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