鬼平よりカッコいい池波正太郎
投稿日:2018年3月8日 更新日:
池波正太郎への偏見
「鬼平=鬼の平蔵」こと長谷川平蔵は、池波正太郎の大人気シリーズ『鬼平犯科帳』の主人公だ。
当時江戸の町を跋扈した悪質な盗賊を逮捕するのが仕事で、今風にいえば特別警察の長官のようなものだ。
おじさんが読むものというイメージがあるかもしれないが、現代の若い娘が読んでも十分はまることができる、時代を超えていつまでも愛される超絶面白小説と思う。文庫はほとんど全巻読んだし、中村吉右衛門が主演するドラマ版もだいぶ見た。ドラマは小説のイメージをそこなわず、良くできている。
藤枝梅安も剣客商売も読んでるのに池波正太郎本人についてはノーマークだった。むしろ検索すれば表示される写真のおやじ然とした雰囲気がなんとなく苦手だった。ザ・江戸っ子を売りにした美食家のイメージもどこか面倒くさそうで敬遠していた。
最近、PR誌の記事か何かがきっかけで新潮文庫の『むかしの味』を買って読んだ。これは美食家池波のイメージそのものだったが、そこから芋づる式にエッセイの『青春忘れもの』を読むとイメージが180度変わった。むしろ現代の長谷川平蔵?というくらいキャラがかぶっているような……というか池波正太郎があの鬼平を創造したのだから当然なのか?鬼平は池波の分身なのか?
池波正太郎その人は、とにかく「カッコいい」の一言に尽きる、ということがわかり一瞬でファンになった。
池波正太郎はエッセイもカッコいい
『青春忘れもの』は、自身の子供の頃からの来歴を淡々と記した本だが、まるで池波正太郎を主人公にした青春小説のようだ。エッセイというよりは文章の完成度が高すぎて小説寄りになっている。
彼は1923年の浅草生まれ、浅草育ちで、なんと小学校を卒業してすぐ、株の現物取引の会社に就職して働きはじめた。当時は親や親戚の紹介で就職するのが当たり前で、小卒で就職するのも彼だけではなかった。今とはまったく様子のちがう時代で、戦前から戦後の東京が舞台になっているのも興味深い。家族の影響で、名店の食べ歩きや芝居見物、映画鑑賞などは子供の頃からの筋金入りだ。仕事はまじめに取り組むが、住み込みなどで余暇(グルメや映画鑑賞)の時間がとれないと突然やめてしまったりと、いい加減な部分もあって親しみがもてる。基本的にはどんな仕事も楽しめるたちみたいで、ずっと働きづめ、戦争を経験し、戦後1946年から脚本の習作を書きはじめる。懸賞に応募してもいきなりトップにならないところが面白い。働きながら脚本を書き、演劇活動にもかかわり、小説を書きはじめ、ついに34歳で直木賞をとってそれで食っていけるようになった。池波正太郎ですら10年以上の修行時代が必要だったというのだから身につまされる。
『青春忘れもの』は最初から最後まで特上のエピソード満載でここに抜き書きするよりも読んでもらったほうが話がはやい。文筆修行中の方も、参考にどうぞ。
関連記事:買えない本を国立国会図書館に読みに行った
執筆者:椎名のらねこ
関連記事
-
ネガティブ・ケイパビリティ-答えの出ない事態に耐える力/帚木蓬生
ネガティブ・ケイパビリティ 生きているといろんな問題が発生する。 自分に関するトラブルなら自分でなんとか事態に対処できるからいい。 しかし実際に起きるトラブルのほとんどが自分以外の他人に関わるものだ。 …
-
著者の北川達夫氏は元外交官で、フィンランドで約10年間を外交官として勤めた経験がある。 日本大使館勤務中には「教育広報」の一貫としてフィンランドの小中学校で日本についての講演をおこなった。 フィンラン …
-
アメリカ編 『食べることも愛することも、耕すことから始まる』クリスティン・キンボール(著) (※ネタバレありです) ファッショナブルなニューヨーカーの記者が、取材相手のペンシルヴェニアの農夫に一目 …
- PREV
- ミニカップ麺を製造した
- NEXT
- 『何者』 by朝井リョウ