なんとか自分を元気にする方法

コロナで生活が楽になったような、苦しくなったような

イギリス

道化の館/タナ・フレンチ

投稿日:

(※ネタバレありです)

アイルランドのミステリー小説

『道化の館(上・下)』にはアイルランドの架空の村「グレンスキー」を舞台に起きた殺人事件が描かれている。

グレンスキーは小さな村で、地元の警察は頼りにならない。

今回の事件は特に訳ありのケースだったので、優秀な刑事たちが首都ダブリンからグレンスキーに送り込まれた。

潜入捜査

『道化の館』のキーワードになっているのが「潜入捜査」だ。

主人公の刑事キャシーはその道のプロで、適性があり、とても上手に潜入捜査をおこなうことができる。

だが、他人に化けるという行為にはそもそも無理があり、どんなに完璧に演じても、命が危険にさらされる可能性が高い。

いまは潜入捜査の現場を離れたキャシーだったが、かつての潜入捜査課の上司/鬼教官フランクに求められ、再び潜入捜査官として活動することになる。

潜入捜査という特殊な仕事自体が常にスリルと隣り合わせなので、『道化の館』を全編刺激的なミステリーに仕立てている。

とても奇妙な被害者

今回キャシーが潜入捜査官としてなりきるのは、レクシーというトリニティー・カレッジの大学院生だ。

『道化の館』でいちばん奇妙なところは、刑事のキャシーと殺人被害者レクシーの顔が瓜二つだったという点だ。

体型もほとんど同じだが、キャシーの方が少し痩せている。

その違いは事件に遭ってやつれたためという説明でカバーすることとなった。

とはいえレクシーは大学院の仲間4人と一緒に大きな古い屋敷「ホワイトソーン館」で共同生活を送っていた。

彼らは毎日一緒に暮らし、大学院に車で一緒に通学する。

レクシーは5人の中の妹分。気まぐれでおしゃべりなレクシーを真似て、代役のキャシーもしゃべり続けなければならない。

『何かがおかしい』と、鋭敏な若者たちが気づかないほうがおかしいと思うが、そこは「刺された後遺症」「記憶喪失」ということで無理やり乗り切る作戦だ。

書いていても無謀な潜入捜査だと思うが、この計画を思いついたフランクも無謀は承知のうえでキャシーを送り込んでいる。

キャシーに24時間隠しマイクをつけさせ、いつでも救出できるようバックアップ態勢を整えて・・・

「他に犯人を挙げる手段がない」というのがいちばんの理由だが、実はフランクも、キャシーも、この上なく挑戦的な潜入捜査が大好きなのだった。

この無謀な計画に唯一反対したのは、殺人課の有能刑事サムだった。

反対したいちばんの理由は、彼がキャシーの恋人だったからだ。

奇妙な大学院生5人組

レクシーは刺されて亡くなる前、同じ大学院英文科の学生4人と古い屋敷で共同生活を送っていた。

この5人組は、トリニティー・カレッジで不思議な雰囲気を放つ特異なグループと認識されていた。

なにしろ彼らは仲間以外とはまったく交流しようとしない閉鎖的な特殊サークルのような立場を貫いていた。

大学院の行き帰りは5人で一緒に。

朝食も、夕食も、5人で一緒。

夕食後も5人で一緒にリビングに集い、各自読書をしたり、ピアノを弾いたり、ポーカーをしたり、古い屋敷の修繕をしたりして過ごす。

5人は血のつながらない疑似家族なのだが、共同生活を維持するために厳格に守られているルールがあった――「過去はなし」。

そう、5人は「辛い過去を持つ」という共通点で結ばれていたのだった。

また実の家族とのつながりがほとんど途絶えていることからもわかるように、両親などとの折り合いが悪い5人組なのだった。

グループに加わった最後のメンバーがレクシーだ。

4人グループのままならもっと長く続いただろうが、レクシーは特別複雑な過去を持つ訳あり人間で、彼女が原因で事件が起こり、残りの4人は静かで安定した生活を刑事たちにかき乱されることになった。

5人組のプロフィール(本書あとがきより引用)

・ダニエル・マーチ・・・何世紀にもわたってグレンスキー一帯を支配してきたマーチ一族の末裔。博士課程での研究テーマは「中世前期の叙事詩の語り手」。

・ジャスティン・マナリング・・・北アイルランド出身。弁護士の息子。研究テーマは「ルネッサンス文学における神聖な愛と冒瀆の愛」。

・レイフ(ラファエル)・ハイランド・・・投資銀行家の息子。とびきりの美青年。研究テーマは「ジェームズ一世時代の戯曲における不満分子」。

・アビー(アビゲール)・ストーン・・・孤児院育ち。研究テーマは「ヴィクトリア朝文学における社会階級について」。

・レクシー(アレクサンドラ)・マディソン・・・前歴不詳。論文のタイトルは「他人の声――身元、隠蔽、そして真実」。

アイルランドとイギリスの確執

アイルランドを描けば、イギリスとの過去の確執が必ず浮かび上がってくる。

『道化の館』でも物語の後半は、地元のアイルランド人とホワイトソーン館に住むイギリス人の坊っちゃんたち(と古くからの地元住民は見ている)の対立が描かれる。

それは何世紀にもわたる対立の物語なのだった。

『道化の館』の魅力

・アイルランドの風土や人々の暮らしぶりを知ることができる。

・潜入捜査の下準備/捜査について具体的に知ることができる。

・シェアハウス(ジョージ王朝様式/3階建てのホワイトソーン館)で時代の流れに逆らって(テレビなし)自由に優雅に暮らす大学院生5人の暮らしぶりをかいま見られる。

・アイルランド人とアイルランドのイギリス人のいまだに続く関係の悪さを知ることができる。

-イギリス,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

ジゴロとジゴレット

昼休憩に駅前でランチして、昔ながらの小さな本屋に入った。昔ながらの小さな本屋は絶滅危惧種なので、本好きとしては見かけると入らずにはいられない。 すぐ右手にカウンターとレジがあり、ヒト癖ありそうな70代 …

『ガセネッタ&シモネッタ』by米原万里

(※ネタバレありです) ◎はじめに 米原万里さんはロシア語の同時通訳者です。 数々の文学賞を受賞した作家・エッセイストでもあります。 『ガセネッタ&シモネッタ』は米原万里さんの外国ネタ満載のエッセイ集 …

女赤ひげドヤ街に純情す

女赤ひげドヤ街に純情す/佐伯輝子

「寿町のひとびと」 神奈川県横浜市中区にある寿町(ことぶきちょう)という街を知ったのは、朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』からだった。 『一冊の本』は朝日新聞出版の新刊本を紹介・PRするのが主な目的の月 …

不思議の国パキスタン

不思議の国パキスタン/斎藤由美子

いろいろ探してもパキスタンについて書かれた本は少ない。 『不思議の国パキスタン』は貴重なパキスタン旅行記だ。 女性の一人旅。 でも現地にルブナという名の友だちがいた。 ルブナとは2年前のキプロス旅行中 …

愛という名の支配/田嶋陽子

『愛という名の支配』を読んで 『愛という名の支配』は1992年に出版されたフェミニズム本だ。 約30年前の女性差別の状況が書かれているが、状況は今もまったく変わっていない。 日常的に「生きづらい」「し …




 

椎名のらねこ

コロナで仕事がなくなり、現在は徒歩圏内の小売店でパートしてます。自分の気晴らしに、読んだ本、美味しかったものなどについて昭和的なセンスで記事を書いています。東京在住。既婚/子なし。

お問い合わせ先:siinanoraneko@gmail.com