時の娘/ジョセフィン・テイ
投稿日:2021年7月20日 更新日:
(※ネタバレありです)
リチャード三世善人説!?
リチャード三世は1452年に生まれて1485年に死亡したイングランドの王様だ。
1591年に初演されたシェイクスピアの戯曲『リチャード三世』により残虐非道の大悪人という人物像が印象づけられた。
このイメージに真っ向から異をとなえたのがジョセフィン・テイの『時の娘』だ。
主人公はロンドン警視庁のアラン・グラント警部。
現在、病院で退屈な入院生活を送っている。
が、友人から差し入れられたお見舞いの肖像画がきっかけとなり、400年を遡る歴史旅行が始まった。
なぜ肖像画かといえば、グラントは人の顔が好きなことで知られていたからだ。
人の顔はその人のタイプを映し出すとグラントは考えており、人の顔についての独自の理論と優れた直感にもとづき実際の事件を解決にみちびいた実績もある。
そんなグラントの直感は、リチャード三世の顔は被告席側ではなくどちらかといえば裁判官席側におさまるべきと告げた。
自分の直感の正しさを証明するために、グラントはリチャード三世に関する本を取り寄せ、病院のベッドの上で探偵(捜査)活動を開始。
歴史書をひもとくの当然だが、それだけでなく当時の関係者の言動やアリバイ、事実関係、書簡、裁判記録などまでも調べつくした。
なりゆきでグラント警部の相棒となったブレント・キャラダインが動けない警部の足がわりになった。
キャラダインはグラントの友人の友人で、歴史が好きで研究している若いアメリカ人だ。
時間が自由になる人間なのでリチャード三世の歴史調査員として大活躍。
キャラダインは根っからの歴史好きなので、刺激的なテーマを得て大喜びだ。
大英博物館の資料の虫となる。
薔薇戦争
リチャード三世がイングランド王位をめぐって活動する30年にわたる御家騒動は薔薇戦争(1455~1485)と呼ばれている。
「薔薇戦争」は王位を狙って対立するランカスター家とヨーク家の家紋(?)の赤薔薇VS白薔薇にちなんでいる。
リチャード三世は白薔薇のヨーク家側だ。
最終的にはリチャード三世があえなく戦死し、ランカスター家のヘンリー七世が王位につくことで薔薇戦争は終結した。
『時の娘』の前に、同じくリチャード三世をテーマにしたエリザベス・ピーターズ著『リチャード三世「殺人」事件』を読んだ。
どちらの小説にも薔薇戦争のあらましが説明されているが、ごちゃごちゃしすぎていて関係者の相関関係がまったく頭に入らない。
それでも『時の娘』が面白いのは、400年前の歴史の真相を現代の現役警部に謎解きさせるという設定の妙にある。
グラント警部のキャラクターが好き
またグラント警部の人柄がとても魅力だ。
病院の看護婦を見る視線がユーモラスで優しい。
威張られながらも、積極的におしゃべりを楽しむ。
一方、舞台女優の友人ともフランクに接してつき合っている。
こだわりのない、差別意識の低い、感じのいい警部だと思う。
見舞いに来た部下に対しても威張るでも、恥じるでもなくフラットな態度で接している。
グラント警部というよりは、作者のジョセフィン・テイ人間に対する態度や物の見方が作中人物に反映されているのかもしれない。
さて、グラント警部はリチャード三世の汚名を晴らせたかどうか、ぜひ『時の娘』を手にとってみてほしい。
執筆者:椎名のらねこ
関連記事
-
-
(※ネタバレありです) 1. 念入りに殺された男/エルザ・マルポ 著者のエルザ・マルポはは1975年フランスのアンスニ生まれ、ナント育ち。 小説の舞台は前半はフランス北西部のナントの村、後半はパリ。 …
-
-
※ネタバレありです ◎感想 著者の山田ルイ53世が同業者の芸人にいっさいおもねって(気に入られようとして)いないのがいい。 文中に細かく挿入される著者のツッコミが面白い。 的確な比喩・タトエに感心する …
-
-
(※ネタバレありです) 朝比奈秋が書いた『あなたの燃える左手で』を読んだ。 彼の著作を読むのは、『私の盲端』に続く2冊目だ。 前知識はゼロだったので、小説の最初の舞台がウクライナのドンバスだったことに …
-
-
目次 ・幼少期にうけたトラウマを覚えていない ・どうしても子供を産みたくない ・それで、トラウマは克服されたのか? ・トラウマを克服する方法 ■『身体はトラウマを記録する』の感想■ 幼少期にうけたトラ …
-
-
ステージ4の緩和ケア医が実践するがんを悪化させない試み/山崎章郎
副作用の少ないがん治療法 書評を読んで面白そうだと思ったのでAmazonで買った。 実際に読んでみると本当に面白かった。 私はまだがんになっていないが、がん家系なのでいつかきっとなると信じている。 が …
- PREV
- 歓喜の街カルカッタ/ドミニク・ラピエール
- NEXT
- カルカッタの殺人/アビール・ムカジー