なんとか自分を元気にする方法

男らしさの終焉/グレイソン・ペリー

男らしさの終焉

男らしさの終焉

著者のグレイソン・ペリーは1960年イギリス生まれのアーティストだ。トランスヴェスタイト(女装家)として有名。テレビ番組の司会者。ロンドン芸術大学の総学長。大英帝国勲章受賞者でもある。

※ELLEにプロフィールや長いインタビューが掲載されている(ペリーの女装写真多数あり)。

男女平等を主張するフェミニズムの本だと思って読んだがちょっと違った。

なにしろトランスヴェスタイトの男性アーティストが書いているのだから・・・

むしろペリーは男性だからこそ、女性よりも激しく男性を攻撃できるのかもしれない。

たとえば・・・

社会が貧しく発展途中で教育が不十分であるほど、男性性を現代にふさわしい姿に変えなくてはいけない。というのも、そのような社会の男性性は、社会を昔からある状態にしておきたがるからだ。世界中で男性が犯罪を起こし、戦争を始め、女性を押しやり、経済を壊滅的に破壊している。時代遅れの男性性が原因なのである。

ペリーによると、女性はもとより男性自身も「男らしさ」を押しつけられることで損をしている。

確かにそうかもしれない。

働いている小売店の男性客を観察していても「男らしくあれ」という呪縛に行動が釘づけにされて彼らは不自由になっていると感じることがある。

「男はつねに堂々と威厳をもって行動しなければならない」というルールに、人目があれば毎分毎秒したがっている男性は多い。

女性に「堂々と威厳をもって行動しろ」というルールは適用されないので、女性客のふるまいは男性客に比べれば、無軌道(マイペース)で自由気ままだと思う(自分もそうだ)。

つまりグレイソン・ペリーが『男らしさの終焉』で言っているのはそういうことだ。

「男性よ、男らしさに縛られるな。もっと自由であれ。柔軟であれ」

彼はある意味不思議なことに、声高に、男性の権利拡大を主張しているのだ。

その男性の権利とは・・・

・傷ついていい権利
・弱くなる権利
・間違える権利
・直感で動く権利
・わからないと言える権利
・気まぐれでいい権利
・柔軟でいる権利
・これらを恥ずかしがらない権利

すでに女性が持っている権利ばかりではないか!?

女性は男性が持つ権利を欲しがり、男性は女性が持つ権利を欲しがり・・・

ということは、やはり性別にとらわれず、女らしさ/男らしさにこだわらない生き方がこれからは主流となっていくのだろう。

古臭い男性的/マッチョな価値観は新しい時代に合っておらず、彼自身も、家族も、社会も損なう、というのがグレイソン・ペリーの主張だ。

ペリーは5歳のときに暴力的な継父と同居するようになり、いつ襲われるかわからない恐怖と不安にさらされる日常を送った。

恐怖と不安は感情を麻痺させる。感情が麻痺すると世界の喜びや楽しさも感じられなくなってしまう。

麻痺は、人と仲良くなる能力にも影響する。だから私は昔、印象に残るほどクラスメイトと仲良くなれなかったのである。

ペリーの継父自身も祖父の代から暴力的な家庭環境で育っていた。

継父も、ペリーも、伝統的な男性性の犠牲者だったのだ。

ペリーは12歳のときから自分の男性性に疑問を抱き、母親のワードローブを引っかき回していた。

同時に、ペリーの体の中にも暴力と怒りが渦を巻いていた。

ペリーは、スケートボードやマウンテンバイクでアドレナリンを発散した。

一人前の男になることは暴力を覚悟することだった。

グレイソン・ペリーが提案する新しい時代を生きるためのヒントをぜひ参考にしてほしい。

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