なんとか自分を元気にする方法

ボンベイ・アイス/レスリー・フォーブス

ボンベイ・アイス

ボンベイ・アイス

(※ネタバレありです)

ヒジュラと主人公

ヒジュラ(男でも女でもない性別者)が登場するインドを舞台にした小説ということで興味をひかれて読んでみた。

Wikipedia【ヒジュラー】のウェブページ(写真あり)


とても長い小説で、登場人物は多数。インド人が多いので名前を覚えづらく、見た目がイメージしづらい。白人も混じっているけど誰か誰やらわからなくなってくる。

主人公は、ロズ・ベンガル(インド式だと「ベネガル」)。スコットランド人の母親(箔置き師)が、ロンドンに留学中のインド人(気象史学者)と不倫してできた子供だった。

7歳までインドで暮らし、その後スコットランドのエディンバラに移り住む。

13歳のとき父親の正妻が亡くなり、インドに戻って母親違いの妹と6か月間一緒に過ごす。

現在はロンドン在住のフリージャーナリスト。

ロズ・ベンガル : 33歳、身長175センチ、白い肌、薔薇色の頬、緑色の目、黒いストレートヘア、キャサリン・ヘプバーン似(?)

しばらく音信不通だったインド人の妹から奇妙な手紙が届くところからヒジュラを中心とするこの異色サスペンスの幕が開ける。

ロズの妹ミランダ・シャルマは30歳で25歳年上の有名な映画監督と結婚した。現在妊娠中。

妹からの不穏な手紙の内容・・・「私はヒジュラやハンセン病患者に尾行されています・・・」

ロズはBBCからインド取材費をせしめ、20年ぶりにボンベイに降り立った。

ボンベイは「カトゥルマーサ」と呼ばれる4か月にわたる雨季の到来間近だった。

この時期は電話がつながりにくくなり、ロズも妹になかなか連絡することができない。

そんななかボンベイのチョウパティ・ビーチに傷だらけのヒジュラの死体が打ち上げられた。

テレビのレポーターによるとチョウパティ・ビーチでヒジュラの遺体が発見されるのはこの2か月で4度目だという。

しかもこの4人のヒジュラはボンベイ映画界とつながりがあり、撮影現場で小道具係をしたり、悪役をつとめたりしていたという。

ヒジュラのなかには物乞いのようなことをしている者もいる。

ヒジュラに関する迷信・・・

ヒジュラを粗末に扱うと、醜い陰部を露出して呪いをかけられる。
呪いをかけられると、息子がヒジュラになる。

ロズはヒジュラの死を妹の映画監督の夫と結びつけ、調査に乗り出した。

とはいえ、ロズには調査の相棒がいるわけでもなくたった一人きりだ。

ボンベイに知人がいたので連絡を取り、ほかはその場その場で人の手を借りて調査をすすめることになった。

なかでも助けになったのはインド人のタクシー運転手トマス・ジェイコブスだ。

インドのタクシーは悪名高いが、トマスはボるでもなく、たかるでもなく、むしろロズのことを気づかい、手足となってよく働いてくれた。

『ボンベイ・アイス』を彩るアイテム

『ボンベイ・アイス』にはヒジュラやタクシー運転手、映画監督のほかにもさまざまな職業の人たちが登場する : ホテルのフロント係、ドアマン、警察官、路上生活者、エンジニア、検死官、新聞記者、グーンダ(やくざ)、警備員、門番、各種売春婦、客引き、漁師、執事兼雑役係、俳優、蛇遣い、マハラジャ、蛇捕り、車掌、ポーター、羊飼い、雨乞い師、彫刻師、密輸業者、麻薬の売人、地上げ屋、自動車整備工、耳掃除屋、行商人、青空歯科医、宝石商、庭師、スリ、筆写者、教師・・・

インドの食べ物もときどき出てきて、食べるべきか? 食べないべきか? 食後どれくらいでお腹がこわれるのか?と、いちいち立ち止まって考えなければならない。しっかり火を通したものは食べてもOKだ。

小説に登場する食べ物 : クルフィー(フルーツのアイスクリーム)、瓶詰めの水、飲み物のなかの氷、インスタントコーヒー、チャイ、パウ・バージ(じゃがいもの揚げパン)、ヒヨコ豆の練り物、ベルプーリー(甘酸っぱ辛いライスサラダ※)、<コブラ>ビール、チリ風味のローストピーナツ、<キングフィッシャー>、ドルカ(ドーナツ)、シャルバット(ペルシアの氷菓子)、ポーハ(ライムジュース、チリ、ピーナツを混ぜた米飯)、サムズアップ(ソフトドリンク)、バナナ、かぼちゃのカレー、じゃがいもの揚げ物(コリアンダー&緑唐辛子チャツネ入り)、スコッチ、ローティ、カリフラワーのマスタードオイル炒め・・・

※ベルプリのウェブページ(レシピ)

タクシー運転手のトマスは詩人でもあり、シェイクスピアなどを会話中にすらすらと引用する変わり種。

彼いわく、出身地のケララ州では「詩がごく当たり前の意思伝達手段」だったらしい。

トマスだけではなく『ボンベイ・アイス』には書物などを引用する人が多い。引用しなくてもタイトルだけまるで何かの象徴のように並べてあったり。

引用文でいちばん多いのはシェイクスピアの『テンペスト』だ。

これは妹の夫プロスパー・シャルマ監督がインド版『テンペスト』を撮っているからでもある。

他には・・・『ボンベイ島地名辞典』/『船員のための気象学手引』/ブランフォード『インド気象学便覧 1877年度版』/ウォルター・ローリー卿『伝説の黄金都市マノアの探索、そして広大で豊かな美の帝国ギアナの発見』/『箔押しの応用技術便覧』/ウィリアム・リード大佐『気象学論文』/『ラーマーヤナ』/『ボンベイ名士録』/『マハーバーラタ』/『インドとパキスタンの美術』/W・H・オーデン『鏡のなかの海』『海と鏡』/グリヨー・ド・ジヴリ『悪魔と錬金術にまつわるいくつかの具象的考察』/エリオット『荒地』/J・F・メノン『南インドの薬草』/アタルヴァヴェーダ(バラモン秘密の書)/マーロウ『フォースタス博士』/『ブラック・ダリア』/『ロンリー・プラネット旅行ガイド』/『タイタス・アンドロニカス』等

新聞・雑誌・・・『スクリーンバイツ』『タイムズ・オブ・インディア』/『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』/『インド懐疑学』/『インドラショナリスト協会ジャーナル』等

映画・・・『スタートレック』/『闇の奥』/オーソン・ウェルズ『ドン・キホーテ』/ルイ・マル『プリティ・ベビー』『アトランティック・シティ』『地下鉄のザジ』/『炎の街』/『サンセット大通り』/『007/オクトパシー』/アントニオーニ『砂丘』/デ・シーカ『自転車泥棒』/ヒッチコック『見知らぬ乗客』等

和洋折衷ならぬ印洋折衷が『ボンベイ・アイス』の特徴だ。

そうはいってもインドにまつわるアイテムたちはインパクトが強い。

小説中に無数に散りばめてある。

西洋のアイテムとごった煮で・・・

【宗教】ガネーシャ(ガナパティ)、ムンバイ・デヴィ、パルヴァーティ(アンナプルナ)、シヴァ神、ハヌマーン、シコラックス、カーリー【政治】シヴ・セナ党、カシミールの反インド独立運動【習慣】手巻き煙草、パーン(噛み麻薬)、クーパー<ファインカット>煙草、オートリキシャ、アーユルヴェーダ治療、<アレッシィ>(カプチーノマシン)【人】ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、シーク教徒、キリスト教徒、パールシー、グジャラート人、マラータの王シヴァージ、サイ・ババ、錬金術師ジョン・ディー、エリザベス一世、メアリー女王、エドワード・ケリー、ハンセン病患者、ドバイの石油王、フランク・シナトラ、ジョージ・ラフト、アクバル皇帝、シニョール・プロコピオ、勇者アルジュナ、サロモン・ド・コー、インディラ・ガーンディ、アレクサンダー大王、シャー・ジャーハン、ムムターズ、フェニキア人のフレバス、イカロス、ジャハーンギール
、ブリジット・バルドー、ハリー・バー少将(ボンベイ陸軍)、ラーマ王子、ジャイ・シン【生物】コブラ、海蛇、虎、象、チャバラカッコウ、メガ・パペーハ(雲の鳴き鳥)、ナージャ・ナージャ、クラマトア・ジャコビヌス、孔雀、蛙【植物】ココヤシ、ジャスミン、ニクラオ・アルフォンソ(マンゴー)、パンダーヌス、サンザシ、ネアガラの根(毒)、ハズ(タカトウダイ属)(強い下剤)、ルリマツリ(中絶剤)、ケララ産の生カシューナッツ【服】ドーティ、クルター、<スピード>(水着)【観光地】インド門、沈黙の塔、ホテル・リッツィ、ピカデリー・サーカス、フタトマ・チョーク、フローラの泉、カジュラ寺院、バーラ寺院、タージ・マハル・ホテル、エレファンタ島、ラージ・プート、アジャンタの石窟寺院ヴィクトリア・ターミナス駅、シュリー・ラジニーシュ僧院マハラーシュトラ寺院、チョール・バザールのマトン・ストリート(泥棒市場)、ジャヴェーリ・バザール、ダギーナ・バザール、モハメッドアリ・ロード、マスジッド・バンダー(インド最大のスパイス市場)、マラバル海岸【その他】大英帝国、東インド会社、ムガル帝国、モーハー金貨、ヒンダスタン・アンバサダー(車)、<デカン・クイーン>号(列車)、”チョリ・ケ・ピーチェ(私のブラウスの下には何があるか)”(歌)、<スパソフティ・サンダルウッド・バスオイル>、台湾製の犬ロボット、カシミール産の薔薇のお香、アルマイラ(ゴア地方の箪笥)、紐式のチャーポイ(簡易寝台)、マチェーテ・・・

ボンベイといえば映画製作が有名で、『ボンベイ・アイス』では映画監督が容疑者なのだから、主人公のロズは映画の撮影所にも足を運び、現場の様子を観察する。

映画関係者も多数登場する。

プロスパー・シャルマ監督の弟子のカリーブ・ミストリーいわく、ボンベイ映画の隠し味は、歌が8つ、格闘シーンが4つ、強姦シーン1つ、それに嫁姑の葛藤。

ベテラン俳優のバジル・チョープラいわく、ヒンドゥー映画のストーリーは3種類:

(1) 新婚夫婦がごく短い幸せな結婚生活を送った後、いずれか、あるいは2人ともが死ぬ。
(2) 悪玉の不埒な犯罪かもとで一家が離散する。クライマックス、メロドラマ、そのあとにあっけない和解。一家は再会し、悪漢は放免されるか、木っ端微塵に吹き飛ばされるか、その両方か。
(3) 兄弟姉妹の物語。心優しい一人は母に孝行し、性的魅力にあふれた意地の悪いほうは(女の場合は体を道具にする職業、男なら密輸で生計を立てている)残酷で冷淡な人間だ。何年かぶりに再会した二人は、意味のない暴力シーンを経て、仲直りする。双子という設定だとなお面白い。


“意外な組み合わせに驚かされる国、インドヘ遊びに来ませんか”


『ボンベイ・アイス』を読むことが、インド旅行になる。

[Amazonのストーリー説明]

スパイスとココナツの芳香にむせかえるボンベイの海岸で、ヒジュラ(去勢男子)の死体が発見された。取材でインドを訪れていたジャーナリスト、ロズ・ベネガルは、偶然、死体の膝にプラカードが残されていたことを知る。しかしその事実は密かに握りつぶされ、捜査も不自然に打ちきられようとしていた。インド映画界一の重鎮シャルマ監督を疑う彼女は、独自に調査を始める。しかも彼は異母妹ミランダの夫。ロズがインドを訪れた本当の理由も、ミランダからの不審な手紙がきっかけだった。「私はヒジュラに尾行されています…」異母妹との微妙な確執、調査を阻む芸能界の壁、汚職にまみれた地元警察との駆け引き―。ヒンドゥー教の神々に彩られ。迷信と呪術にみちみちた土地で、ロズは人生最大の嵐に巻き込まれていく。異常な欲望に満ちた絢爛たる人間模様と、苦悩を抱えた主人公の内面の葛藤を、圧倒的な筆力で緻密に描ききった極彩色のミステリ。

『ボンベイ・アイス』のAmazon商品ページ(単行本)

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