(※ネタバレありです)
主人公はボンベイの事務弁護士
作者のスジャータ・マッシーは1964年イギリス生まれ。父親はインド人、母親はドイツ人。
『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち』の主人公はパーヴィーン・ミストリーという若いインド人の女性だ。
タイトルの通りインドのボンベイがパーヴィーンの現在の本拠地となっている。
パーヴィーンは地元のガヴァメント・ロー・スクールで法律を学ぶ初の女子学生となったが、ほかの男子学生たちから陰湿なイジメ、嫌がらせを受け、中退した。
パーヴィーンが19歳だったその頃、28歳の背が高くてハンサムなサイラスと出会い、夢中になり、両親を無理やり説きふせて、電撃結婚をした。
ほどなく結婚が破綻したあとは、イギリスのオックスフォード大学で3年間法律を学び、その後父親が運営する法律事務所で事務弁護士をつとめている。
インドはイギリス式の裁判方式をとっており、裁判資料を準備する事務弁護士と実際に法廷で発言する法廷弁護士に分かれている。
パーヴィーンは本当は法廷弁護士もできる能力の持ち主なのだが、インドで女性の法廷弁護士は存在しておらず、やむなく事務弁護士として働いている。
父親は法廷弁護士として成功しており、父親としても申し分のない素晴らしい人だ。
マラバー・ヒルはボンベイの高級住宅地で、そこに住む未亡人3人をパーヴィーンが事務弁護士として訪ねるところからこの話が始まる。
主人公はパールシー(ゾロアスター教徒)
この小説の特筆すべき点は、主人公がパールシー(ゾロアスター教徒、拝火教徒)ということだ。
パールシーについては何一つ知らない。
パールシーはペルシア(イラン)生まれの宗教で、インドではボンベイに信者が多く住んでいる。
とはいえ、弁護士の家庭であるミストリー家ではそれほど厳格に教義をまもっているわけではないようだ。
一方、いとこの紹介で知り合い、熱烈な恋に落ちて、パーヴィーンの結婚相手となったサイラス・ソダワラの一家もパールシーだった。
ソダワラ家はボンベイとは逆サイドにあるカルカッタの実業家一家だ。
こちらは古式を尊ぶパールシーでミストリー家とは真逆の気風。
このためにカルカッタで結婚式をあげてそのままソダワラ家に住みついたパーヴィーンは針のむしろで苦しめられる。
ちょっと前の日本でも当たり前だったが、婚家の嫁としてその家にふさわしい主婦となるべく姑から料理方法などを厳しくしつけられる毎日。
パーヴィーンは実家で料理をしていなかったのでダメ嫁のレッテルを貼られ、ますます姑にきつくあたられる。
パールシー独自の風習としてインパクトが強かったのは生理中の女性用の隔離部屋の存在だ。
生理中プラス2日間は外界と一切の交流を禁じられ、狭い隔離部屋に閉じ込められる。
なぜかというと生理中の女性から不潔な菌が発散され、ほかの家族が病気になるのを防ぐためだ。
また女性の汚物に悪魔が引き寄せられるからともいう。
ソダワラ家でパーヴィーンが特に嫌がらせをされているのではなく、姑もかつては隔離部屋に入っていたし、サイラスの妹はなんと隔離部屋に入っている間に体調不良で死亡した(発熱を放置され熱中症で。14歳だった)。
隔離部屋は最低限の広さ(2.4mx3.6mという)だけではなく不衛生で悪臭に満ちている。
トイレも食事もすべてそこで済ませなければならない。
牢屋よりもひどい住環境だ。
裕福で快適な生活を送ってきたパーヴィーンは精神的に崖っぷちまで追いつめられながらも隔離部屋に耐えた。
しかし結婚後サイラスの女好きの本性が現れ、半年で結婚生活は破綻した。
もともとサイラスの目的はミストリー家の財産だったらしい。
男子禁制の邸宅
パーヴィーンの仕事先となるマラバー・ヒルの邸宅はインド的で興味深い。
ファリド氏の第1夫人から第3夫人までとその子供たちと使用人が暮らしている。
夫人たちは外界から隔離されており、夫以外の男性とは顔を合わせない。
やむを得ないときには壁ごしに男性と会話する。
完全に危険から守られた世界というか、でも女性たちは外の世界のことを何も知らず、それゆえ邸宅の外側は危険に満ちていると漠然と信じこんでいる。
だが、外の世界からパーヴィーンが父親の代理でやって来て、閉鎖的な空間に風穴を開けていく。
一夫多妻制の妻はその状況についてどう感じているんだろう?と思う。
やはり嫉妬あり、寂しさ、虚しさありで、私たちの感性とまったく違いはないようだ。
ただ男尊女卑の社会にあって、男性よりも劣った存在。一人前の人間と見なされていないために一夫多妻制は成立している。
主人公のイギリス人の親友
パーヴィーンのオックスフォード時代の親友は、イギリス人のアリス・ホブソン=ジョーンズだ。
アリスは親が子供にやってほしくないと思うことのすべてをやるタイプ。
オックスフォードでも女の子同士がベッドに入ってるのを見つかってカレッジを追い出された。
いかがわしい界隈のパブに入りびたり、共産主義の集会や女性の参政権のための行進に参加したり?
現在アリスの父親はボンベイ州政府の特別顧問官をつとめている。
アリスは両親に呼び寄せられ、ボンベイでパーヴィーンと再会する。
そしてマラバー・ヒルの未亡人たちとパーヴィーンがかかわる殺人事件解決への手助けをすることになる。
『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち』は、インド関係の小説の中でも圧倒的に面白いし読みやすい。
インドに興味がある人もない人もぜひ!
[Amazonの商品説明]
現代以上に女性差別著しい、1921年のインド。パールシーの一族の出身で、ボンベイ唯一の女性弁護士のパーヴィーン・ミストリーは、女性であるが故に法廷に立てず、父親の事務所で事務弁護士として働いていた。結婚の失敗という苦い過去を引きずりながらも、いつか父親のような弁護士になることを目指していた彼女は、ムスリムの実業家の屋敷に暮らす三人の未亡人たちの遺産管理のため、高級住宅街マラバー・ヒルを訪れた。想像以上に閉鎖的な生活を送る彼女たちの役に立とうと決意した矢先、屋敷の中で殺人事件が起こる。パーヴィーンは、自分自身のトラウマと対峙しながらも、事件解決に奔走するが……。
ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち – スジャータ・マッシー