なんとか自分を元気にする方法

左手も使ってほしい

学生時代に喫茶店でアルバイトをしていた。
皿洗いで手があかぎれになった。
スポンジを持つ右手がとくに痛かったので、今度は左手でスポンジを使うようにした。
それ以来、皿洗いにかんしては両利きになった。

月日は流れて・・・

本を読んでいると、食べるときに片方の歯ばかりで噛むのは良くないと書いてあった。
それまで自分がどちらの歯で食べ物を噛んでいるかなんて考えたことがなかった。
意識すると、いつも右側で噛んでいた。
噛み方がかたよると、顔や体のバランスが悪くなるそうだ。
噛むのは毎日のことなので、たしかに片方にかたよるのは良くなさそうだ。
と思って、遅まきながら今度は左の歯で物を噛むようになった。

最近、皿洗いに限らず『右手ばかり使いすぎだよね!?』とよく思う。
右利きなのでしかたないのかもしれないけど、右手、働きすぎでは・・・?

それで、できるだけ左手も使うようにしている。
とはいえ、右手だって幼少の頃からじっくり訓練した結果、現在の能力レベルに達したわけで、左手がそのギャップをうめるのは並大抵のことではない。

でも再びイチからの訓練が面白く、やってみている。
ギリギリ難しいのは左手で食事をすることだ。とくに箸。
しかし練習すれば慣れるもので、だんだん左手の食事能力は向上している。

左手で文字を書くことが最難関だと思う。
もともと日本語は右手で書く用になっているし。

トイレのレバーや浴室のシャワーの位置も右手用だ。

左手は長年そのことを不満に思っていて、最近よく私の頭の中で発言する。
『私(左手)をもっと使ってください!』
『その仕事はぜひうち(左手)に請け負わせてください!』

左手の主張はもっともだと思う。

<追記1>

左手の訓練をずっと続けている。

左手で箸などを持って食事するのはだいぶうまくなった。

包丁で野菜を切るとか、やはり文字を書くことがとても難しい(そもそも今の生活では文字をほとんど書かないので、左手が練習する機会がなかなかない)。

先日ヘミングウェイの新訳版『老人と海』(新潮文庫)を本屋で買って読んでいたら、主人公の老人が、重要な魚釣りの最中に左手がつって使いものにならなくなったとき、私と同じような考え方や態度で左手に接していたのが面白かった。

どこかに自分と同じような発想をする人がいるもんだな・・・

<追記2>

やればできるもので、左手は文字を書くことに慣れてきた。

少なくとも、右手に率先して行動しようという積極性が芽生えてきた。

 

いかに日常生活でなにげなく右手ばかりを使っているか実感したければ、洗濯中に意識してみるといい。

 

何かを手に取るときは必ず右手が使われる。

洗濯バサミではさむときは必ず右手が使われる。

 

最近、右手と左手の関係について考えていると、男女関係にも似ていると思う。

何をやるにしても男性が先、女性はサブ。テレビの男性司会者と添え物の女子アナのように・・・

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