シェトランド諸島を舞台にした小説
「シェトランド四重奏」は、イギリス人作家アン・クリーヴスがイギリス・スコットランドの北に位置するシェトランド諸島を舞台にして書いた小説だ。
シェトランドといえばシェトランドシープドッグ、シェトランドウール、フェアアイルニットなどが有名だろうか?
厳しい自然のもとで暮らす22000人の島民の多くは漁業や農業で生計を立てている。
島の集落は親戚だらけだが、イギリス本土出身者もいなくはない。
「こんななにもない田舎の島で刺激的な事件が起こるだろうか?」と思うが、アン・クリーヴスの「シェトランド四重奏」はかなり面白い。読むのをやめられなくなって何度夜更かししたことだろう。
アン・クリーヴスは人間描写に優れている。田舎の複雑かつプライバシーのない世界。母親と息子、父親と息子、夫婦、嫁姑関係、従兄弟や又従姉妹の関係、近所同士のライバル関係、友人関係など、島の人間模様がリアルに緻密に描かれている(でもそんなにドロドロしていない)。
遠いかなたの島の出来事で気候や風土や生活スタイルは日本とまったく異なるが、人間が織りなす感情は私たちとほとんど変わらない。むしろ日本人は自分の感情をできるだけ押し隠そうとするが、シェトランド人はそれほどでもないので、人間同士の衝突が激しく物語が盛り上がる。
シェトランド島を含めイギリスでは、狭い地域ごとに言葉や個別の文化、生活様式をかたくなに維持し守り続けようとする姿勢が日本よりも強い。
だから同国内でもつねに異文化がぶつかり合っている印象だ。
シェトランド本島とウォルセイ島では風土も言葉も生活様式も島民の性格も違う。ウォルセイ島とフェア島も違う。
もちろんシェトランド島民とスコットランド、イングランド人は言葉が通じないほど何もかもが異なっている。
でも互いに行き来があるし移住者もいるので差異をのりこえてコミュニケーションをはかっていくしかない。日常生活が異文化コミュニケーションなのだ。
【※以下ネタバレありです!!】
1.『大鴉の啼く冬』
あらすじ
シェトランド本島の架空の町レイヴンズウィックが舞台。イングランドから家族で移住してきた女子高生が新年の朝、死体となって雪原で見つかった。同じ町で8年前に起きた少女失踪事件の犯人とうわさされた知的障害のある老人に疑惑の目が向けられた。果たして真相は?
ポイント
1月の最終火曜日に開催されるシェトランド最大のお祭り「アップ・ヘリー・アー」の様子が具体的に描かれている。島民がヴァイキングに扮して行列し、最後にヴァイキング船にたいまつを次々投げて燃やす。島民の視点でアップ・ヘリー・アーを見ることができる。
登場人物
ジミー・ペレス:「シェトランド四重奏」の主人公。シェトランド署の警部。シェトランド本島からずっと南下したところにあるフェア(=羊)島出身者。”黒いシェトランド人”。祖先はスペインの無敵艦隊に乗っていた男。スペイン風の名前、黒い髪、浅黒い肌の持ち主。北欧風の人間が多いシェトランドでは異質の外観。父も祖父も郵便船(郵便物や荷物や人の配送船)の船長。「どんなときでも、相手の立場からものを見ることができてしまう」性格。”感情のたれ流し”が欠点(元妻談)。必要以上に他人の生活の些細な事柄に興味をひかれる癖もある。なんでも複雑に考えがちだが、待つのが得意技。想像力が暴走しそうなときは事実に目を向けるように努めている。彼の母親は息子を再婚させシェトランドで唯一の「ペレス」という家名を継ぐ男の孫を欲しがっている。今バツイチの子持ち女性に心をひかれている。
マグナス・テイト:丘の上の家に住む老人。知的障害者。緊張すると逆ににやにや笑う癖がある。窓から道ゆく人や町の様子を観察するのが趣味。本人に悪気はないのだが、小説の冒頭からずっと怖いようなインパクトを与え続ける。
ロイ・テイラー:イギリス本土のインヴァネス署から6人のチームで捜査の指揮をとるためにシェトランドに来た。ペレスとは真逆のタイプで落ち着きがなく一瞬もじっとしてられない性格。
2.『白夜に惑う夏』
あらすじ
道化師の仮面をかぶった謎の男がシェトランド本島の農場の小屋で首吊り死体となって見つかった。この男は何者なのか? 自殺なのか、他殺なのか? ペレスとテイラーのコンビが謎解きに再び挑む。
ポイント
シェトランド四重奏は準主役と呼べるフラン・ハンターが画家であることもあり、全体的にアート色が強いが、第2作の『白夜に惑う夏』がもっともその傾向が強い。絵の展覧会にかかわる事件だし、演劇関係者も登場する。あと日本人には馴染みがないが、タイトルにもある「白夜」というものについて現地人の視点で詳しく描写されている。
登場人物
ベラ・シンクレア:成功した画家。独身。甥はイギリス本土でも有名なミュージシャンのロディ・シンクレア。センスの良い豪邸に大勢の人を招いてパーティーをするのが大好き。
フラン・ハンター:画家。ベラ・シンクレアに誘われて二人展に出品する。離婚してひとりで娘を育てている。ペレス警部と交際中。イングランド出身。
3.『野兎を悼む春』
あらすじ
シェトランド東部にあるウォルセイ島が舞台。ペレス警部の部下のサンディ・ウィルソンの祖母がウサギ狩りの流れ弾を受けて亡くなる。続けて、遺跡の調査をしていた大学院生が試掘現場で遺体となって見つかった。2つの事件に関連はあるのか・・・?
ポイント
ウォルセイ島での中世(15世紀)の遺跡発掘作業と第二次世界大戦中のシェトランド・バスの活動を絡めたミステリー。シェトランド・バスとは、ノルウェーがドイツ軍に侵攻されたあと、ノルウェー人が秘密工作活動に使用した小さな漁船のこと。ノルウェー人はシェトランド本島にシェトランド・バスの本部を置き、ウォルセイ島の男たちの幾人かも作戦に協力した。
登場人物
サンディ・ウィルソン:シェトランド署の刑事。20代後半。愛想が良く、親切心が強いことで知られるウォルセイ島の出身者。「勤務中に私用のための時間をひねりだし」「いつでも有休をためている」。人の声が好きでラジオでもいいからいつでもおしゃべりを聞いていたい。リンドビーの実家に帰ると外で鳴く羊の声で目覚め、自家製のパンを焼く匂いをかぐ。両親は小農場を営んでいる。豚を飼育し、屠殺し、自家製ベーコンをつくる。サンディの母親とペレスは食事をしながら「日焼けした豚の乳首のいちばんいい治療法」について議論した。シェトランド四重奏の第3章『野兎を悼む春』では、はじめてサンディ・ウィルソンの目から見た世界が綴られる。自称「なんでも間違える男」の成長ストーリーでもある。
ロナルド・クラウストン:年に何度か数週間ずつ北大西洋に遠洋漁業に出る。事件当時「酒を飲んだあとで銃をもちだし、霧の晩に狩りに出かけ」た。そして違法な懐中電灯の「光でウサギの目をくらましてから狩る行為」をおこなった。
ミマ・ウィルソン:サンディ・ウィルソンの祖母。セッターの小農場主。いまだに雌牛の乳を手でしぼって飲んでいる唯一の人。悪だくみやうわさ話が大好き。まるで魔女のように島の出来事をいち早くすべて把握する。「頭のいかれた魔女みたいな母親」(嫁談)。とりわけスキャンダルには鼻がきいた。「ミマは話をするのが大好きだった。島に実在する人物と作りごとと伝説をまぜあわせた話だ」(息子談)。めずらしく穏やかな晩には、外に出て、キッチンのそばにある流木でできた長椅子に誰かと一緒にすわってウイスキーを楽しんだ。
ハティ・ジェームズ:23歳の大学院生。シェトランドが大好き。ウォルセイ島で発掘調査をおこなっている。母親は政治家。強迫神経症・鬱病もち。摂食障害気味。「調子のいいときでさえ、繊細な花みたいな女性」(指導教官談)。シェトランドは「自分が正気だと感じられる、唯一の場所」「世界でいちばん素敵なところ」。
4.『青雷の光る秋』
あらすじ
ペレス警部の出身地「イギリスでもっとも隔絶された有人島」と呼ばれる小さなフェア島が舞台。ペレスの両親に会うために婚約者のフランはフェア島に初めて飛行機で降り立った。
荒れ狂う嵐の中、フェア島の北端にあるバードウォッチャーの集会所「フィールドセンター」で事件が起こった。
飛行機も船も運行できない状況下でペレスはたった1人で殺人事件の捜査をおこなう。
フィールドセンターに滞在する数人のバードウォッチャーたちが最有力容疑者だ。互いに誰が殺人犯かわからないし、島から出たくても嵐で出られない。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』のような緊迫した状況が続く。そして第2の殺人事件が・・・
ポイント
バードウォッチャーたちが主要な登場人物という珍しい小説。物語の大半はバードウォッチャーたちが集うフィールドセンターが舞台となっている。バードウォッチャーたちの珍鳥に対する異常な執着ぶりもじっくり描かれている。
登場人物
アンジェラ・ムーア:フィールドセンターな鳥の監視員。テレビにも出演するバードウォッチング界の有名人。大学院生のときに結婚した夫は父親ほど年の離れたフィールドセンターの所長。その連れ子は現在16歳の女の子。アンジェラは人を挑発するのが好きな性格。「反応があるまで、相手をねちねちといたぶ」り、人を怒らせるのを楽しむ悪い癖がある。
ダギー・バー:職業はコールセンターの営業。趣味は珍鳥を追い求めるバードウォッチャー。自称「アンジェラのださい友人」「でぶのダギー」「秘密を打ち明けられる相手」。「不安になると、いつも女の子みたいに赤くなる」。
「シェトランド四重奏」を出版している東京創元社の関連サイトhttp://www.tsogen.co.jp/np/searchresult.html?ser_id=209
↓シェトランドの息をのむほど美しい風景、建物、動物たち(羊やポニー)の写真が収録されている本(フェアアイルニットの編み方も):
『シェットランドのたからものニット』