(※ネタバレありです)
リチャード三世善人説!?
リチャード三世は1452年に生まれて1485年に死亡したイングランドの王様だ。
1591年に初演されたシェイクスピアの戯曲『リチャード三世』により残虐非道の大悪人という人物像が印象づけられた。
このイメージに真っ向から異をとなえたのがジョセフィン・テイの『時の娘』だ。
主人公はロンドン警視庁のアラン・グラント警部。
現在、病院で退屈な入院生活を送っている。
が、友人から差し入れられたお見舞いの肖像画がきっかけとなり、400年を遡る歴史旅行が始まった。
なぜ肖像画かといえば、グラントは人の顔が好きなことで知られていたからだ。
人の顔はその人のタイプを映し出すとグラントは考えており、人の顔についての独自の理論と優れた直感にもとづき実際の事件を解決にみちびいた実績もある。
そんなグラントの直感は、リチャード三世の顔は被告席側ではなくどちらかといえば裁判官席側におさまるべきと告げた。
自分の直感の正しさを証明するために、グラントはリチャード三世に関する本を取り寄せ、病院のベッドの上で探偵(捜査)活動を開始。
歴史書をひもとくの当然だが、それだけでなく当時の関係者の言動やアリバイ、事実関係、書簡、裁判記録などまでも調べつくした。
なりゆきでグラント警部の相棒となったブレント・キャラダインが動けない警部の足がわりになった。
キャラダインはグラントの友人の友人で、歴史が好きで研究している若いアメリカ人だ。
時間が自由になる人間なのでリチャード三世の歴史調査員として大活躍。
キャラダインは根っからの歴史好きなので、刺激的なテーマを得て大喜びだ。
大英博物館の資料の虫となる。
薔薇戦争
リチャード三世がイングランド王位をめぐって活動する30年にわたる御家騒動は薔薇戦争(1455~1485)と呼ばれている。
「薔薇戦争」は王位を狙って対立するランカスター家とヨーク家の家紋(?)の赤薔薇VS白薔薇にちなんでいる。
リチャード三世は白薔薇のヨーク家側だ。
最終的にはリチャード三世があえなく戦死し、ランカスター家のヘンリー七世が王位につくことで薔薇戦争は終結した。
『時の娘』の前に、同じくリチャード三世をテーマにしたエリザベス・ピーターズ著『リチャード三世「殺人」事件』を読んだ。
どちらの小説にも薔薇戦争のあらましが説明されているが、ごちゃごちゃしすぎていて関係者の相関関係がまったく頭に入らない。
それでも『時の娘』が面白いのは、400年前の歴史の真相を現代の現役警部に謎解きさせるという設定の妙にある。
グラント警部のキャラクターが好き
またグラント警部の人柄がとても魅力だ。
病院の看護婦を見る視線がユーモラスで優しい。
威張られながらも、積極的におしゃべりを楽しむ。
一方、舞台女優の友人ともフランクに接してつき合っている。
こだわりのない、差別意識の低い、感じのいい警部だと思う。
見舞いに来た部下に対しても威張るでも、恥じるでもなくフラットな態度で接している。
グラント警部というよりは、作者のジョセフィン・テイ人間に対する態度や物の見方が作中人物に反映されているのかもしれない。
さて、グラント警部はリチャード三世の汚名を晴らせたかどうか、ぜひ『時の娘』を手にとってみてほしい。