もつれ/ジグムント・ミウォシェフスキ
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(※ネタバレありです)
ポーランドのミステリー小説
日本ではポーランドのミステリー(犯罪小説)が紹介されることは少ない。
というのも、そもそもポーランドは歴史の中で、主権国家としての存在をロシア、プロイセン、オーストリア、ナチス・ドイツなどによって奪われ、その期間中はポーランド作家が自由に創作活動を続けたり、作品を発表するのもままならない。
現体制であるポーランド共和国は1989年からのものだ。
その前は1952年からのポーランド人民共和国。この時期は共産党の一党独裁体制だった(『もつれ』にもこの時代の話が出てくる)。
『もつれ』がポーランドで発表されたのは2007年だ。
作者のジグムント・ミウォシェフスキは1976年にワルシャワで生まれた。
前職は、ポーランド版『ニューズウィーク』の記者兼編集者だった。
『もつれ』のあらすじ
ワルシャワ市内の教会で、右眼に焼き串を突かれた男の遺体が見つかった。被害者は、娘を自殺で亡くした印刷会社経営者。容疑者は、彼と共にグループセラピーに参加していた男女3人と、主催者のセラピスト。中年検察官シャツキは早速捜査を進めるが、調べれば調べるほど事件の闇は深まっていく。一方で、愛する妻と娘に恵まれながらもどこか閉塞感を抱いていたシャツキは、事件の取材に訪れた若い女性記者に惹かれ、罪悪感と欲望との狭間で悶々とする。やがて、被害者の遺品から過去のある事件に気づくシャツキ。真実に手が届こうとしたその時、思わぬ事態が……。
(Amazonの『もつれ』商品ページより)
『もつれ』の登場人物
テオドル・シャツキ
『もつれ』の主人公で35歳の検察官。頭が良くて優秀。本殺人事件の捜査責任者(ポーランドでは検察官も警察官とともに事件の捜査・取り調べにあたるようだ)。
弁護士の妻ヴェロニカと7歳の娘ヘレナと暮らしている。
娘を溺愛。
妻に対しては、10年以上連れ添った夫婦が抱いているであろう平均的なレベルの不満を抱いている(朝イチのコーヒーをいつもシャツキにいれさせる。シンクが汚れた食器でいっぱい。寝間着がくたびれ過ぎている(文字が消えかけたTシャツ。しかも週に1度しか洗わない))。
シャツキは身なりに気をつかっている。
身長185センチ以上。贅肉なし。
微妙に男らしい若々しい顔。
顔だちはおだやかなのだが、少々皺の寄った額と驚くほど冷たい灰色の眼がそのおだやかさを打ち消している。
オレグ・クズネツォフ
ワルシャワ市警本部の警視。シャツキと協力して殺人事件の捜査を進めている。
嫌がられてもシャツキに下品なジョークを言い続ける。
とはいえ、シャツキはオレグの捜査能力を高く評価している。
ロシア人の名前を持ち、大きくてよくめだち、陽気すぎる男ながら、オレグほど鋭くて機敏で観察力のある者もそうそういるものではない。
ツェザリ・ルツキ
本殺人事件の重要な要素となるファミリー・コンステレーション(グループ・セラピー)を主宰した精神科医。
今回のコンステレーションの参加者は4人だった。
モニカ・グジェルカ
〈ジェッツポスポリタ〉紙の新聞記者。
「特に美しくも醜くもない25歳くらいの女」(シャツキの第一印象)
だが、とても魅力的な笑顔の持ち主。
『もつれ』の感想
初めてのポーランド・ミステリーだったが読みやすかった。
主人公のシャツキは、検察官という肩書きもあいまって冷たく取っつきにくい人物に見える。
が、それは職業上身につけている仮面のようなもので、中身は日々起こる出来事に一喜一憂する、私たち同様の感じやすい人間なのだとわかる。
全編において、シャツキ検察官の心情がていねいに描かれているために、シャツキ検察官に感情移入しながらぐんぐん読みすすめてしまう。
特にモニカにだんだん心を惹かれて、シャツキが自分でなくなってしまう様子が、滑稽なような、気の毒なような気持ちにさせられて身につまされる。
殺人事件にかんする主要な要素となるグループ心理セラピー、ファミリー・コンステレーションが面白い。
家族にかんする過去のトラウマに苦しむ人が、他のセラピー参加者を使って、家族の関係性を立ち位置、方向であらわす。
他のセラピー参加者はそれそれ家族役を与えられて、指示された位置に立つ。
すると、場に不思議な力が作用して、まるで即興劇のように家族役の者たちが、息子や娘になりきってしゃべりだす。
小説中にも「こっくりさん」という言葉がでてきたが、そういうオカルト的な雰囲気がこのグループ・セラピーには漂っている。
今までファミリー・コンステレーションについて聞いたことがなかったが、日本にもその支部があるようだ。
ファミリーコンステレーションズ・ジャパンのウェブサイト↓
ファミリー・コンステレーション
殺人事件の動機は意外なものだった。
ポーランドが舞台になっているので、隣国であるロシアやドイツが登場人物たちの会話にでてくるのが新鮮だ。
ポーランドがそれらの国々に蹂躙された歴史も含めて、共産党の一党独裁体制だった時代もぜんぶ含めた上でシャツキたちはこの地に生きている。
執筆者:椎名のらねこ
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