ポバティー・サファリ/ダレン・マクガーヴェイ
投稿日:2020年1月20日 更新日:
『ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り』(ダレン・マクガーヴェイ著)
(※ネタバレありです)
労働者階級が書いた本を読みたい
イギリス研究がマイブームなので、関連本を読んだり、映画を見たりしている。
イギリスは階級社会なので、本や映画は資源に恵まれた中・上流階級の人によって作られたものが大半だ。
そこに物足りなさを感じていた。
もっと下流階級(とはあまり言わないが)=労働者階級の人のナマの声を聞きたいと・・・
『ポバティー・サファリ』は武田砂鉄氏の書評で知った。
まさに私の望みをかなえてくれる本と思われた。
書店になかったのでアマゾンで購入した。
あらすじ
前半
『ポバティー・サファリ』は想像以上に内容の濃い本だった。
著者のスコットランド人ダレン・マクガーヴェイ氏のこれまでの生涯の真実の記録である。
彼は最貧困家庭で育ったので、前半は悲惨なエピソードのオンパレードだ。
なにしろ母親が育児放棄していることに気づかないレベルの依存症で言動は予測不可能。
5人の子供たちは飢えと不安と恐怖に支配されて生きている。
頼るべき母親が危険物/恐怖の対象であれば、ほかの誰も信じられない人生になる。
また、貧困層が集まる地域一帯が似たりよったりの家庭で構成されていて家の外も荒れている。
男の子は相手をやっつけるか、自分がやられるかの毎日で、粗暴ですさんだコミュニティを形成している。
家庭も、家の外も危険だらけ、敵だらけで、一瞬たりとも神経がやすまるスキがない。
依存症の母親は36歳で亡くなった。
その後、ダレンは精神に傷を負っていると判断され、グラスゴーのNPO法人ノートルダム・センターからカウンセリングなどの支援を受けることになる。
ノートルダム・センターのスタッフはダレンに人とつながることの楽しさを教えてくれた。
一方、幼い頃に受けたトラウマの治療は辛い記憶のフラッシュバックの連続で、辛さからのがれるために、ダレンは母親同様の依存症への道に入り込む。
中盤
支援グループやいろんな人との出会いもあり、ダレンは人間的な生活感覚をとりもどしていく。
マスコミの要望に応じて、自身の貧困について語ったりする機会もあった。
悲惨な貧困エピソードはマスコミに歓迎されたが、ダレンが貧困に関する自分の意見を語りはじめると変な空気がながれることに気づいた。
マスコミや左派は、本気で貧困に向かいあったり、貧困をなくしたいと思っているわけではないのだ。
ネタとして便利に利用したいだけなのだ。
ダレンは貧困ビジネスの存在を察知する。
話はけっこうあちらこちらに飛びまわる。
左派も右派もその性質は変わらない。自分たちの欠点には目をつぶり相手を非難するばかり。
国や左派がおこなつ貧困対策は当事者の要望を聞かず、中・上流階級の都合で考えられたお仕着せの対策だ。
そもそも中・上流階級の人たちは下流階級にそんなことを考える知恵はないとみなしている。
貧困家庭出身者はジャングルで生きる野生動物のように危険と隣り合わせで生きてきたので感覚が鋭敏だ。
中・上流階級のインチキ臭さを敏感に察知してお仕着せのサービスからは離れていく。
それでも中・上流階級の人たちはもともとぜんぜん困らないのだ。
貧困は代々続いて悪化するパターンが多く、状況は限りなく複雑だ。
「不安、不信感、順応性のなさ、自尊心の低さと自信のなさが環(わ)になってつながっている」
人は、生まれたときに自分を取り巻く社会環境から言葉、生活スタイル、教育、モノの見方を学びながら成長する。
「教育が乏しく、チャンスが少なく、ストレスが多いコミュニティ」
貧困家庭で育った子供と中・上流家庭で育った子供は、話す言葉も、態度、服装もまったく異なり、その後もまじわらない。
貧困家庭の子供のニーズは、中・上流家庭の子供のニーズとまったく異なるので、中・上流の発想で与えるものは貧困家庭の子供をそれほど喜ばせない。
貧困家庭の子供のニーズ・・・地獄のような家から離れて安全に過ごせる場所、自分の考えに集中できる静寂・・・無料で利用できる図書館は貧しいコミュニティのオアシスだ。
後半
長いし憂鬱な話が多いので途中でだるくなったりもするが、最後の最後に大ドンデン返しが待っている。
母親同様のダメ人間になりかかっていたダレン・マクガーヴェイが目覚める。
一般的に、人はなかなか変わらないものだと思う。
変わってほしいとどんなに強く望んでも、誰もイヤな性格を変えてくれない。
ところが自分を変えることはできる、ということをダレンは証明した。
自己批判力がすごい。
過去の自分のほとんどすべてを否定して、より高レベルの人間に生まれ変わった。
自分の人生がうまくいかなかったのはすべて母親やトラウマや社会のせいではなく、一部は自分に責任があった。
自分が問題解決のために積極的に動かなかったせいだと反省する。
私は今でも自分の人生がうまくいっていないのは母親から受けたトラウマのせいだと思っているので、ダレンの言葉は耳に突き刺さった。
結局、恵まれない環境にいる自分を救ってくれる国からの支援を待つよりも、少しでも日々の生活を良くするために自分ができることがあるのではないかという提案(本・インターネットによる学習/情報収集/解決策/支援をもとめて図書館に行くとか、悪い習慣をたちきるとか)。
今この瞬間から自分が動いたほうが早いといえば確かに早い。
また、人は自分以外のあらゆるものに怒りを向けて非難するが、絶対に自分だけは非難の対象として取り上げないという。
確かにその通りで、ダレンのような指摘をする人を今まで見かけたことがない。
誰よりも自分自身に問題があることに気づいたときから、人生は良い方向に進みはじめるという。
ったく、ポバティー・サファリしたかっただけなのに、なんでこっちに矛先がまわるの〜!?
■ポバティー・サファリ – ダレン・マクガーヴェイ
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執筆者:椎名のらねこ
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