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血に問えば/イアン・ランキン

投稿日:2020年10月14日 更新日:

イアン・ランキン著『血に問えば』”A Qestion of Blood”(2003)*リーバス警部シリーズ14作目

(*ネタバレありです)

イアン・ランキンのリーバス警部シリーズは『紐と十字架』(1987)から『最後の音楽』(2007)まで17冊発表された大人気の犯罪(警察)小説シリーズだ。

リーバス警部が主人公で14作目の『血に問えば』では50代後半の年齢設定だ。

私が好きな登場人物は、リーバスの直属の部下であるシボーン・クラーク部長刑事だ。優秀な女性刑事である。

日本の警察小説と比べると、イアン・ランキンの小説には登場する女性警察官がとても多い。上司もジル・テンプラーという女性の主任警視だ。

最近、日本でも女性の権利拡大への意識が高まっている。その潮流はどちらの方向を向いても目に入って、自然に自分の意識も大きく変えていく。

これまで当たり前だった男性優位の社会をもう当たり前とは思えなくなり、『すべてが間違っている』『なにもかもがおかしい』と感じてしまう。

過去のこの世に現れたほとんどすべての物事・・・テレビも映画も小説も会社も教育も見渡す限り男性の世界だ。女性の存在感がない。

そういう視点で見ると、昔の映画を見ても、小説を読んでも、社会を見渡しても、途端につまらなくなる。

その点、リーバス警部シリーズはシボーン・クラーク部長刑事ほか、女性が当たり前に物語に登場して男性に負けず活躍するので楽しく読めるのだ。

だが、作品によってはシボーンがほとんど出ないものもあり、そういう回は少し物足りない。

『血に問えば』にはシボーンが犯罪者のマーティン・フェアストーンからストーキングされ、おびえて、パニック障害になる場面がある。

フェアストーンは以前、住居侵入と暴行の罪に問われたが、証拠不十分で裁判で無罪になった。

刑事という職業柄、シボーンが犯罪者に対して弱みを見せたり、同僚であるリーバスに弱みを見せることは自分の不利に働く。

でも家までストーカーがやってきてしつこくつきまとわれることは女性としては耐えがたいストレスで、そこには確かに男性との立場の違いがあり、シボーンは一人で苦しむことになる。

さらにストーカーが不審火で焼け死に、リーバスが容疑者の一人として疑われる。

『血に問えば』ではいくつかの謎が問いかけられる。なぜ死亡したストーカーからシボーンに手紙が届くのか・・・? リーバス警部はなぜ両手を大火傷したのか・・・?

中年で不健康な喫煙者のリーバスと若くて健康志向で嫌煙家のシボーンの煙草をめぐる細かいバトルも毎回出てくるがリアリティがあって面白い。妥協しないシボーンが素敵だ。

イアン・ランキンは音楽好きとして有名だ。とくに60~70年代の英米の音楽が好きな人は小説中に必ず出てくるリーバス警部の音楽談義を楽しめるはずだ。

また本書にはゴス・ファッションの少女ミス・テリというキャラクターも登場する。

自室にウェブカムを設置し、ホームページで24時間公開しているミス・テリは現代風の若者だ。彼女は本書のキーパーソンの一人でもある。

スコットランドのゴスの言動が描写されていて興味深い。

イアン・ランキンはスコットランド出身だ。小説の舞台もスコットランドで、スコットランド人自身の自虐ネタがときどき出てくるのが面白い。

たとえば本書中のボビー・ホーガン警部とリーバス警部の車中での会話・・・

ホーガン:「この国は最低だよな?」「だってな、天気にしろ……道路にしろ……なぜ皆我慢してるんだ?」

リーバス:「罪の償いかな?」

ホ:「何か悪いことをしたってことか?」

リ:「ボビー、この国が変わらないのは何か理由があるんだよ」

ホ:「おれたち怠け者なのかもな」

リ:「天候は変えられないだろ。交通量をちょいと調整するぐらいは、おれたちの力でもできるんだろうが、どうせうまくいきそうもないし。だから気にしたってしょうがないじゃないか?」

ホ:「そのとおり。おれたちはしくじりを許さないんだ」

リ:「それが欠点だと思うのか?」

ホ:「そうだな」「国自体が駄目になってる。失業者は増え、政治家は利権を食い物にし、子どもはなんの……わからん」

リーバス警部シリーズはストーリーそのものよりもスコットランドの社会や人が詳細に描写されているのが魅力だと思う。

『血に問えば』では退役軍人の問題も取り上げられる。

軍人は軍隊での厳しい訓練によって戦闘モードに仕立てられる。

だが、退役するとき、戦闘モードをオフにする操作はされない。

だから戦闘モードがオンになったまま一般社会に戻される。

家族、他人との人間関係に問題が生じる。

本人も社会に適応できず、トラブルを抱えることになる。

最後に『血に問えば』のあらすじを本書から抜き書きして終わる。

その男は警備の手薄な私立学校に押し入り、銃を乱射した。血は流れ、血は飛び散り、血は鮮やかに周囲を染めた。無残な骸と化した少年たちを前に、男はこめかみを撃ちぬき自殺した。
犯人の名はリー・ハードマン。かつて英国陸軍の特殊部隊に所属していた有能な男で、重大な犯罪歴も特になかった。
スコットランドはエジンバラの刑事リーバスは、自身も特殊部隊にいた経歴をもっていたため、捜査に駆りだされる。しかし、強引な捜査ばかりを行ない、署内で疎まれる一匹狼のリーバスを、上層部は辞職に追い込もうと画策していた。・・・

『血に問えば』のAmazon商品ページ(単行本)

 

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椎名のらねこ

コロナで仕事がなくなり、現在は徒歩圏内の小売店でパートしてます。自分の気晴らしに、読んだ本、美味しかったものなどについて昭和的なセンスで記事を書いています。東京在住。既婚/子なし。