マイ・ストーリー/ミシェル・オバマ
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図書館で『マイ・ストーリー』を予約した
オバマ元大統領の妻であるミシェル・オバマについては顔と弁護士だったということしか知らなかった。
ある日、本屋で『マイ・ストーリー』の試し読み版を読むと、とても面白かった。
しかし2300円は高いので、図書館の予約リストをチェックすると何十人待ちということであきらめてしまった。
数か月たって、妹から「おすすめ本」として『マイ・ストーリー』を推され、ふたたび最寄りの図書館のウェブサイトにアクセスして予約リストに名を連ねた。予約者は30人以上いた(妹の図書館では60人以上いたという)。
ミシェル・オバマ
読むと、イメージとはまったく異なるミシェル・オバマ像が立ちのぼってきた。
彼女は「生まれながらのファースト・レディ」というイメージとは反対の一般庶民的な感覚を持つ普通のがんばり屋の女性だった。
なにしろ彼女は「黒人」というアメリカのマイノリティーで(人口の13~14%)、その事実は彼女の人生における立ち位置や言動を決める重要な要素となっている。
政治的な野心は皆無で、本書ではっきりと言及されているように、なんと彼女は「政治嫌い」だった。
政治とか選挙活動がからむと、プライベートな時間はどんどんかき乱され、奪われる。
政治は計画通りにいかないのが当たり前で、その活動は常に流動的である。
ミシェル・オバマは安定した家庭で幸せに育ち、つねに落ち着いた生活を求める人だった。
ミシェルは、イリノイ州シカゴの南方「サウス・サイド」で、シカゴ市の浄水場のボイラー管理役をしていた父親と専業主婦の母親に育てられた。
サウス・サイドは裕福な白人からは「スラム」と呼ばれて足を踏み入れるのをこわがられてしまうような場所だった(ただし白人のイメージと実態は全然ちがう)。
ミシェルは両親と兄の4人家族で、父親も母親も真面目で慎ましやかな正しい人たちで、兄とも大変仲がよく、羨ましいくらい理想的な4人家族なのだった。
家は貧乏で、2階建ての家におじ、おばと同居していた(1階には家主のおば夫婦、2階にはミシェルの一家が住んだ)。
家は貧しくともミシェルは頭のよさにかけては群を抜いていて、さらにたゆまぬ努力を重ねてアイビー・リーグのプリンストン大学に入学した。
まわりの期待にこたえることを自分の使命/喜びとわきまえるミシェルは休まず上昇を目指し、ハーバード大学法科大学院を卒業し、シカゴの一流弁護士になった。
ここまでのミシェルは、家族や親戚の期待にこたえることだけを無意識の目標にして生きてきた(ミシェルは「他人からどう見られるか」を気にする性格だ)。
ところが、ミシェルは法律事務所でバラク・オバマと出会い、そこから生き方が180度変わった。
『マイ・ストーリー』は正直に書かれた自伝だが、ミシェルの文章があまりに上手すぎて、内容が小説っぽく面白く読める。
ミシェルの人生自体が「スラムからファースト・レディに」を地を行く非常にドラマチックなものなので本書はますます小説っぽい。
『マイ・ストーリー』を読んでとても驚いたのは、ミシェルがなにも隠そうとしないことだ。
元大統領夫人の自伝ときくと「どうせきれいにまとめられているのだろう」と想像するが、本書は全然きれいにまとめられていない。
だれかに読まれることを想定せずに書いた日記を盗み読みしているかのように背徳感を感じさせられる赤裸々な内容だ。
ミシェルがなにかを「嫌い」といえば、その影響は甚大だと思われる。ので、好き嫌いの表明を控えるかと思いきや、どんどん表明してしまう。忖度しない。
読者が心配になるくらいミシェルは正直だ。これがミシェルの素の性格なのだ。
両親はミシェルを自分の考えを言葉で伝えられる人間に育てた。それに弁護士の合理的思考が加わり、本書は不思議に明快な読み物となっている。
合理的な発想をすれば、自分の弱みや悩みを隠そうとすればするほど解決から遠ざかり自分がますます苦しくなっていく、ということがわかる。
だからミシェルは問題を明らかにし、
他者と共有し、お金で解決できることは出費が痛くても、思い切って助けを求める。
社会的な弱者の問題を解決しようとすると経済的には苦しくなっていく、ということが本書をよむとよくわかる。お金持ち相手の商売をする方がやはり裕福になれる(精神的にはすり減るが)。
ミシェルもバラク・オバマも社会やコミュニティで困っている人たちに手を貸したい、普段人権がないがしろにされがちな弱者をサポートしつつ社会をよい方向に変えていきたいと考えている。
ハーバードを出た2人組なので、お金持ち相手の弁護士など、どんな職業につくのも思いのままだ。しかし、ミシェルとバラクは反対方向に進んでいく。
結果、この夫婦はいつもお金に困っている。就職してからも、学生ローンの返済に四苦八苦している(ミシェルの返済額は月6~7万円だという)。
ミシェルよりもバラクの方がお金に無頓着で、余裕のあるお金はぜんぶ本を買うのに使ってしまう。だから、いつも余裕のない生活になってしまう。大統領の暮らしとはかけはなれた貧乏っぷりが本書ではしっかり描かれている。
バラク・オバマ
ミシェルが堅実な家庭で育ったのと反対に、バラク・オバマは不安定な子供時代を過ごした。両親は離婚するし、いろんな国を移動をしながら生活してきたのだ。
だから、つねに計画通りにいかない流動的な政治の世界はバラクに向いているらしい。
バラクはミシェルに輪をかけて優秀な人材で、のちにアメリカ史上初の黒人大統領になったことからもわかるように「天才」レベルで頭がいい。
こういう人材は若い頃から頭角を現し、まわりから賛美されて、自然にまた上の方へとどんどん押し上げられる。
結果、黒人というハンデがありながらも必然的に国のトップに立ってしまったのだ。
バラクは自信に満ちていて、なにかをあきらめることはない。
大統領の椅子はもちろんバラク自身も希望していた。自分の夢を実現するために役立つものであるからだ。社会の役に立つこと、より良い民主主義を実現すること、世界に変化をもたらすことが彼の夢だった。
バラク・オバマを「ユニコーン」と評するミシェルのバラク分析は興味深い。
一方、タイプのまったく異なる男女が結婚して、当然いろんな面で衝突して、ケンカして、少しずつ妥協点をさぐっていくさまは、私たち一般カップルがたどる道すじと変わらない。
『マイ・ストーリー』を読むと、アメリカ大統領になる人物がどんな人間なのかを詳細に知ることができる。
苛酷な大統領選キャンペーン
『マイ・ストーリー』には、2007年2月に出馬宣言して、2008年11月に投開票が行われたアメリカ大統領選挙の様子が克明に記述されている。
自ら大統領になることを希望しているバラクはいいとして、政治嫌いのミシェルにとっては苛酷な長期の大統領選挙キャンペーンとなった。
選挙戦が始まるとバラクは1分1秒も無駄に使えなくなる。1分1秒の使い方が直接1票につながるそうだ。
ミシェルはそこまで崖っぷちの生活ではないが、バラクとは別々に選挙参謀に用意されたイベントに参加し、バラクがもっともアメリカ大統領にふさわしい人物であることを有権者に訴えねばならない。
フルタイムワーカーで、10歳と7歳の娘の世話をしつつ、全米各地に飛んで選挙キャンペーンを行う。1日に離れた場所で4つも5つもイベントが計画されている。
フルタイムの仕事はパートタイムに削られ、選挙と仕事の両立は無理なので、ついには辞めてしまった。
そうやってすべてを飲みこんでしまうのが「政治」の恐ろしさだという。
ミシェルはシカゴの下町の親戚などが集まるコミュニティで育ったためにつねに人とのつながりを求める人間になった。
選挙戦では一人の人間として、肌の色の垣根を越えて、だれにでも誠実に自分とバラクについて丁寧に説明した。
誠実な言葉はまっすぐ相手の心に伝わり、その場にいた人たちはミシェルの人柄を理解し、味方になってくれた。そんなふうに彼女は選挙キャンペーンを行なった。
選挙キャンペーンが進み、無名であったミシェルが有名人になってくると、敵陣営からの卑劣なネガティブ・キャンペーンが展開される。
ミシェルが話す内容の一言一句が精査され、少しでも瑕疵があると、そこだけが切り取られ、インターネットやテレビニュースで大々的に報道され、全米中からこてんぱんに叩かれる。
なにしろミシェルは政治の素人なので、あまり作りこまず、素直な言葉で有権者に語りかけるスタイルを貫いてきた。
しかしある一言が大問題になり、それからミシェルにも選挙対策スタッフがついて、言葉や表情が検討され、前もって念入りにトークの準備をするようになった。
ミシェルは物事を非常に客観的に見れる人で、ミシェルにかんするネガティブ・キャンペーン、自分が犯してしまった失敗、態勢の立て直し、だんだん公人としての立場に慣れていく自分について、密着取材中の記者なみの冷静さで観察し、本書に記述している。
アメリカの大統領選について実際はどのように行われているのか、新聞ではわからない真実を知りたければ、『マイ・ストーリー』に当事者の経験が書かれている。
ファースト・レディになった後のホワイト・ハウスでの生活についても率直に書かれている。
ここからは小説というよりはリアルタイムでアップされるセレブのブログふうな雰囲気になる。
さて、『マイ・ストーリー』は、限りなく普通の生活感覚を持った女性が、アメリカ大統領夫人になるまでの軌跡を素直な筆致で描いた本で、一つの青春物語であり、ラブ・ストーリーであり、夫婦の物語でもあり、家族の物語であり、政治にかかわるドキュメンタリーでもある。
だれが読んでも楽しめると思うので、ぜひ読んでみてほしい。
執筆者:椎名のらねこ
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