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コロナで生活が楽になったような、苦しくなったような

『コンビニ人間』最高に面白かった!

投稿日:2018年10月6日 更新日:

(※ネタバレありです)

はじめに

芥川賞を受賞した時から気になっていた。
お仕事小説が好きだし、自分自身がコンビニで働いた経験があるので、他の人があの仕事をどのように感じているか知りたかった(なので佐藤多佳子著『明るい夜に出かけて』も単行本を買って読んだ)。
ただ、タイトルが安直なので、内容も単純すぎて失望しないか心配だった。

それから月日が過ぎて文庫化されたので、この機会に購入した。

コンビニ人間

「コンビニ人間」というタイトルは「確かにこれしかない」ということが、小説を最後まで読むと理解できる。
この一冊はまさにコンビニ人間の生態について書かれた本なのだ。

主人公の勤務年数18年に比べれば5年は短期だが、スーパーで朝から晩まで試食販売の仕事をしていると、スーパーの環境に体が馴染んでいるのがわかる。
そこにいるとホッとする感覚がある。
お客さんの表情や細かいしぐさから色んなメッセージも読み取ることができる。
スーパーでもし仕事ができなくなったら悲しいだろうなと時々考える。
だから主人公の気持ちはよくわかった。

異物として生まれてきた

私も、主人公ほどではないが、子どもの頃から現在にいたるまで、どこにいても周囲の人たちから浮き上がって悪目立ちするタイプだった。
疑問に思ったことを素直に口にすると場の空気がヘンになる。場を盛り下げるのが得意である。
でも黙っていると苦しいので、なるべく他の人たちとは関わらないようにして今まで生きている。

こっち側の人間からすれば、自然に結婚してどんどん子どもを産みだす世間一般の人たちのほうが動物的で不思議に思えることがある。

この小説の中では、少数派に属する主人公がなんといっても世界の中心なので、この小説世界は本物の世界よりも居心地よく感じられた。

あらすじ

主人公の古倉恵子は36歳・未婚。アパートで一人暮らしをしている。コンビニアルバイト歴18年。
実家・家族はいたって普通。なのに、生まれつき他の人と感性が異なり、知らず知らず変な言動をして周囲の人々を凍りつかせてしまう。
この世界に生きづらさを感じながら18年間生きてきた。
だがコンビニでアルバイトを始めてマニュアルどおりの店員になりきることで「世界の正常な部品」として新たに誕生することができた。
ここまでが小説のはじまりの部分。

小説なのでストーリーには波風が立ち、新たな展開があり、コンビニ世界はコペルニクス的大転回を果たし、最後に結論にたどりつく。
起承転結がうまくできていて最後までグイグイ読まされる。
小説書きのお手本にもなりそうなくらいだ(実は作者は大学時代から創作を正しく学んでいたのだった)。

感想

コンビニでの仕事内容が細かく描写される1ページ目からあっという間に引き込まれた。

コンビニは、主人公の古倉恵子が新しく生まれた場所なのでコンビニ世界はとても平穏で快適だ。

ところが、ストーリーが進むにつれて、平穏が破られハラハラさせられる。

いったんバランスを崩した世界は二度ともとにもどらず、逆にコンビニ世界から邪悪な異物が、主人公の家の中まで侵入してきて焦らされる。

でも主人公は日常生活についてはかなり無頓着な性格で、コンビニ世界からはじき出された異物をなんなく受け入れる。

自己主張がない主人公は、自己主張の塊の男、白羽にいつしか自己決定権を奪われて、コンビニを辞めて就職活動を始めることになった。

このあたりのストーリーはどん底に悲しい(主人公は生きる目的を失いボーッとしている)。

でも、どん底の経験を経て、コンビニ魂を取り戻し、復帰していく主人公の姿が清々しかった。

私は、この結末をハッピーエンドだと思った。

◎コンビニを全面肯定した小説

恥ずかしながら、私自身はコンビニのバイトが3か月くらいしか続かなかった。
合わないバイトのトップ5に入りそうなくらいダメだった。
そこはフランチャイズの個人商店風のコンビニだった。
もっと完全マニュアル的に運営されているほうが、余計なことを考えずにすむので楽だったかもしれない。

作者の描くコンビニはまるで完ぺきで精密な一個の機械のようでいて、色んな音や雑多な人たちがハーモニーを奏でるオーケストラのようでもある。
コンビニをこれほど美しく芸術的に表現できるのは村田沙耶香だけだろう。

コンビニ食

主人公は食べ物に関心がなく、朝・昼はコンビニのパンやサンドイッチ、飲料を週5日摂って暮らしている。

私はスーパーで働いているので、野菜・肉・魚などの生鮮食品に高い価値をおき、できるだけそれらを購入して食べて暮らしている。

生鮮食品のほうが健康的でコンビニ食は極力避けたいというスタンスなので、主人公が自分の体がコンビニ食でできていることによろこびを感じる場面はかなり衝撃的だった(ただし夕飯には野菜を簡単に調理して食べている)。

でもそこまで徹底している生き方は清々しく、その精神によって、コンビニ食は主人公に必要なエネルギーに変換されると思う。

村田沙耶香

圧倒的なリアリティーがあるので、作者の自伝だと思い込んでしまった。
でもインタビューを読むとやはりこの作品はフィクションなのだということがわかる。

作者は『コンビニ人間』でデビューしたのではなく、小4の頃から小説を書いており、長いキャリアと確かな技術の持ち主なのだった。

この世界で生きづらい人、あと普通に本を読むのが大好きな人におすすめです!

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村田沙耶香のインタビュー

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