『法服の王国』by黒木亮
投稿日:2018年5月29日 更新日:
(※ネタバレありです)
あらすじ/テーマ
憲法を守り、人権を守る、誠実な裁判官の半生を描いた小説。
裁判官の歩む道は2つに分かれているようだ。
1.出世コース
2.憲法・人権の擁護者として歩むイバラの道
国民は漠然と、裁判官全員が憲法・人権の擁護者なのだろうとイメージするが本当は全然ちがう。
この小説のテーマの一つである原発闘争史をみればわかるが、最高裁はまるで国の出先機関のようだ。
そして出世街道の最終ゴールにあたるのがこの最高裁長官のイスだ。
出世したければ行政の方針に歯向かうような判断・行動はご法度である。
主人公の村木健吾は出世コースはあきらめて、あくまで「憲法の番人」として細く苦しいイバラの道を満身創痍で歩んでいった。
彼が司法試験を受験するところから65歳の定年直前までを描く愚直な人生の記録である。
一方、より効率的に生きたい人には、エリート街道をひたはしった津崎守の生き方が参考になるかもしれない。
登場人物
複数の重要な登場人物がでてくるが、人権派の作者の立ち位置からすれば村木健吾がこの小説の主人公と思われる。
<村木 健吾>
東京都葛飾区出身。昭和40年(1965年)に中央大学法学部を卒業したばかりの村木は高田馬場で新聞配達のバイトをしながら司法試験にのぞんでいる。
1浪で合格。正義の砦の裁判所で「憲法の番人」をするのが望みなので、憲法擁護団体である「青年法律家協会」(青法協)に入会する。この時代、青法協の会員は出世コースからはずされ地方のドサ回りで一生を終える運命だったが・・・。
【経歴】大阪地裁刑事部判事補>熊本地裁民治部判事補>熊本地裁天草支部長>旭川地裁>金沢地裁小松支部長>金沢地裁七尾支部>千葉地裁松戸支部>横華地裁川崎支部>浦和地裁熊谷支部>大阪地裁部総括判事(裁判長)>金沢地裁民事部総括判事>那覇家裁所長
<津崎 守>
京都府綾部市出身。高校1年生のときに母親を失う。父親は犯罪者で行方不明。
不幸な境遇をものともせず奨学金をもらい、アルバイトをしながら東大に進む。1968年法学部4年のときに司法試験に合格。
最高裁事務総局の人事局長・弓削晃太郎に見込まれ弓削の姪・直美と結婚し、最終的には最高裁長官のイスを手に入れる。
村木とは同期(第22期)で一緒に司法修習をうけた仲。
【経歴】東京地裁民事部判事補>最高裁事務総局人事局付>法務省訟務局付>最高裁事務総局行政局第二課長>最高裁調査官>東京地裁民事第32部総括判事>最高裁上席調査官(民事)>事務総局人事局長>東京高裁長官>最高裁判事>最高裁長官
<妹尾 猛史>
原発の誘致に揺れる富来町福浦地区の出身。漁業と農業を営む父親は原発反対運動のリーダー、兄は北越電力の社員で家庭内もまっぷたつに割れている。上京し高田馬場の新聞販売店で村木健吾と知り合う。新聞配達をしながら大学受験を目指して予備校に通う。2年浪人して合格。入学後は法律事務所でバイトする。3浪後、1973年に司法試験に合格(修習28期)。バイト先だった新橋烏森法律事務所に弁護士として入所。のちに金沢で法律事務所を開く。
<弓削 晃太郎>
元最高裁長官の矢口洪一がモデルとなっている。
京都出身で父親も裁判官。京都帝大卒業後1943年に海軍に就職。戦後、裁判官に。自民党の政治家とも昵懇。「司法の巨人」とよばれる。
最高裁長官になってから、これまでの過度な思想統制(青法協に対する弾圧=ブルーパージ等)が組織を脆弱化したことに気づき危機感をいだく。日本にも陪審制度を導入しようとする。
【経歴】大阪地裁>東京地裁>最高裁事務総局民事局付>東京地裁民事部総括判事>最高裁事務総局民事局長兼行政局長>最高裁事務総局人事局長>最高裁事務次長>浦和地裁所長>東京家裁所長>最高裁事務総長>東京高裁長官>最高裁判事>最高裁長官
感想
・裁判官は大変だ。
司法試験の受験勉強も過酷だし、裁判官になったらなったで、数年ごとに転勤しなくてはならない。日本全土が候補地だ。ほとんど休みなく朝から晩まで書類を読んだり、作成したり、腰痛にも悩まされ、難儀な職業だ。
・憲法12条にある文章・・・
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。
村木健吾の生き方がこの「不断の努力」そのものだと思った。
自由や権利はタダではなく、実は誰かの「不断の努力」によってかろうじて私たちに分配されているのかもしれない。
・裁判は社会の縮図だ。
意識してみれば、新聞にも毎日裁判関連の記事がのっている。大事件もあれば、小事件もある。
この世で起きたあらゆる問題が大小問わず裁判の俎上にのせられる。どんな身分の人でも、納得いかないことがあれば裁判で白黒をつけることができる。無力な個人が国に異議申し立てしたり、対等な立場で議論できる場があるというのはすごい。
実際の裁判がどれくらい公正に行われているかという疑問はあるが、とりあえずそういうシステムがあるのはないよりもいい。
実際の裁判で裁判官により正しい判断をしてほしいと思うならば、もっと多くの人が裁判の傍聴にいってはどうだろうか。
裁判官も人間なので、誰もいない法廷よりも傍聴人がたくさんいる法廷の方が身が引きしまるのではないか。
傍聴には何の資格もいらないし、無料だし、社会の縮図をかいまみることができてとても面白い。社会勉強にもなる。
・司法と行政は微妙な関係にある
社会の時間に勉強した「三権分立」によると司法と行政は対等な関係だと思ってしまうが、実際はやはり全然ちがうみたいだ。
とくに長期安定政権が続くと行政の力がパワーアップして司法への干渉が強くなる。
そういうとき司法サイドは行政サイドに逆らわず自己保身をはかるようだ。
でもその状態に納得しているわけではなく、たとえば政権交代がおこって司法を圧迫していた与党が下野すると、そのときに今までの退勢を挽回しようと努める。
司法と行政はそのような力関係にあるということがこの小説を読んで初めてわかった。
・この小説は上下2巻あり読むのが大変だけれども、裁判関係だけでなく社会・組織の仕組みなどについても教えてくれるところが多い。
原発問題に興味のない人には、専門用語だらけの長い説明部分が退屈かもしれない。
原発に少しでも興味がある人、裁判や裁判官のキャリアパスに興味のある人には、絶対におすすめだ。
『法服の王国(上)』のAmazon商品ページ(Kindle版)
裁判傍聴記:裁判傍聴はリアル人間劇
執筆者:椎名のらねこ
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