天安門事件と心筋梗塞の話
投稿日:2018年3月20日 更新日:
水上勉著『心筋梗塞の前後』
◎はじめに
1994年に出版された古い本ではあるが、いま読んでも面白い。
内容は、1989年6月4日に中国で起きた天安門事件と、その直後に水上氏に起きた心筋梗塞についてなので大層深刻なものだが、彼は極力ユーモアさえも駆使しながら読みやすい書物にしあげてくれている。
だから、上記の2大テーマとほとんど接点がなさそうな私のような読者でも最後まで読みおえることができた。
接点はないが興味はある。天安門事件のことはよく知らないので、ほとんどその場にいた作家が書いたものを読めば理解がはやいと思ってこの文庫のタイトルを見たときに手にとった。
心筋梗塞は、家族に経験者がいないし、自分自身に起こる気もしないが(ガン家系の方なので)、病気や医療全般には興味がつよい方なので読みきれると思った。
◎あらすじ
水上氏は、70歳で訪中作家団の団長としてメンバーを率い、1989年6月1日に北京に降り立った。戒厳令下の北京への招待は中国の対外友好協会からなされたものだった。
6月4日早朝に、滞在先のホテルのすぐそばで騒ぎが始まった。天安門事件は、民主化を求めてデモをする学生や市民を、中国人民解放軍が武力で制圧した事件だ。
戦車が出動し、中古車でバリケードが築かれる。バスが焼かれ黒煙をあげる。大勢の人々が怒り、叫び、走りまわって、機関銃がそれを狙って放たれる。血だらけの負傷者が運ばれる。夜はサーチライトが照らされる。
戦争が、泊まっているホテルのすぐそばで突如開始され、眠れるわけもなく、7階の窓から様子をながめ続ける。
危険きわまりないので移動もままならず、この場から逃げ出すこともできない恐怖感は限りないだろう。
死者数は3000-10000人と諸説あるがすごい数字だ。
友好協会のスタッフになんとか手配してもらって無事帰国したが、ほとんど睡眠もとらず緊迫した状況下で神経ばかりすり減らし、健康でいられるわけがない。
6月7日に帰宅して2時間後に心筋梗塞で倒れる。朝の道路はこみあっていて救急車が病院にたどりつくまで時間がかかりすぎてしまった。処置が遅れ、水上氏は心臓の3分の2を失った。
◎感想
3分の1の心臓で人間が生きつづけられるというのは驚きだった。心筋梗塞には運動が必要と医師からいわれて、彼は病院の中を1日1万歩も自主トレする。3分の1の心臓で…と、健康な人でも大変なのに、信じがたい努力だ。
1日30錠の薬を飲む話もイヤな話だと思った。よく人間の体がそれに耐えれるなと。だがやはり無理があって副作用に苦しめられる。彼は副作用を起こした犯人の薬を自分の体で人体実験をしてつきとめ、薬の数を減らし、副作用をおさえることに成功する。
人体はすべて仕様が異なる。同じ薬を飲んでも作用のしかたに個性がでる。医者はとても忙しいし、患者の人体の個性についても理解しないので、医者の意見と自己の人体の意見を併せて検討する患者自身の努力が必要だ。
…と、水上氏の経験を読んで考えた。
興味深い臨死体験の記録も最後のほうにおさめられている。
終盤の沖縄の石垣島、八重山での明るい先祖供養の様子も面白かった。
オマケの亀の話も面白かった。
興味がある人は読んでみてください。
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執筆者:椎名のらねこ
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