『ガセネッタ&シモネッタ』by米原万里
投稿日:2018年8月6日 更新日:
(※ネタバレありです)
はじめに
米原万里さんはロシア語の同時通訳者です。
数々の文学賞を受賞した作家・エッセイストでもあります。
『ガセネッタ&シモネッタ』は米原万里さんの外国ネタ満載のエッセイ集です。
米原万里のプロフィール
米原万里さんは、日本共産党の幹部だった父親の仕事の都合で、小学3年生から中学2年生までをチェコスロバキアの首都プラハで過ごしました。
当時のチェコはソビエトの衛星国(大国による干渉・支配を受ける国)でした。
学校でチェコ語をおぼえるよりはロシア語をおぼえるほうが日本帰国後まだ有効活用しやすいだろうという両親の判断で、ソビエト政府がソビエトの教師を派遣し、ロシア語でソビエト式の授業をおこなう8年生の小中一貫校に入学しました(この学校は、実質的には50か国以上の子どもが通うインターナショナル・スクールでした)。
この重要な5年間の生活が米原さんのその後の人生を決定づけたといっても過言ではないでしょう。
ちなみに帰国後は、明星学園高等学校>東京外国語大学外国語学部ロシア語学科>東京大学大学院露語露文学修士課程へと進んでいます。
Wikipediaによれば、父親・米原昶(いたる)氏は現在の東大を中退、祖父・米原章三氏は東京農大と早稲田大学を卒業し、各々衆議院議員、鳥取県議会議員などをつとめています。
頭脳明晰な家系とみられ、『ガセネッタ&シモネッタ』を読めばわかりますが、米原万里さん自身もたいへん記憶力のよい方です。だから外国語の習得向きで、日当が12万円(1999年当時)もの難易度の高いロシア語同時通訳もこなせたわけです。
ガセネッタ&シモネッタ
米原万里さんは日本人ばなれした開放的な性格で、並々ならぬユーモアのセンスの持ち主でもあります。通訳だけでなく、文章を書くのもとても上手です。
『ガセネッタ&シモネッタ』のテーマは、ロシア語同時通訳から下ネタまで多岐にわたっていますが、硬いネタも、軽いネタも、どちらも同じように読みやすいです。
外国の言葉や文化にはまると、日本語や日本文化を曖昧でまどろっこしく感じることがありますが、米原万里さんは他国の言語・文化を十分に経験した上で、日本語・日本文化を肯定し、高く評価しているように思えます。
わたしは、曖昧な表現ができるということは、実はとても文化が発達している証拠だと思うんです。ヨーロッパ社会では人間関係が攻撃的で、「あなた、こうじゃなきゃダメじゃないの」と言えば、相手も「そういうあなたもここがダメじゃない」と言い合えることが前提になっています。ところが日本人の場合は、自分の言葉が相手にどう受けとめられるかということを考えて言葉を選びますね。曖昧ですが、相手を傷つけずに言いたいことが表現できるのは日本語の非常に優れた財産で、素晴らしいことだと思うんです。
(「対談・変わる日本語、変わるか日本」より/1998年「外交フォーラム」初出)
『ガセネッタ&シモネッタ』では、日本や外国についてのこれまで聞いたことのない斬新な意見を読むことができます。目からウロコがポロポロ落ちます。
芋づる式読書
米原万里さんは自称「文学少女」で、『ガセネッタ&シモネッタ』にはたくさんの本が紹介されています。
ずばり「芋蔓式読書」というタイトルのエッセイも収められており、米原さんが面白い本を読んで興奮した経験が生き生きと描かれています。
たとえば、米原さんがはまったのはユーゴスラヴィア関連の書物。
漫画の『石の花』が最初で、芋づる式に『ユーゴスラヴィア--衝突する歴史と抗争する文明』>『バルカンをフィールドワークする』>『ユーゴスラヴィア現代史』を読んだそうです。これらはすべて日本人が書いたユーゴ本です。どれも大絶賛。
もちろん和書を読む前にユーゴに隣接する国々の著者が書いたユーゴ本もいろいろ読んだそうですが、「近視眼なくせに抽象的で余計わかり難」かったといいます。
意外にも、日本人が書いたもののほうが未知の世界に分け入るパイオニア精神にあふれていて、スケールが大きくためになったそうです。
つまり、日本人は「世界の中で異質な民族」であるが、「他と同じになったら必要なくなる。違うからこそ存在価値があるのではないか」と、米原さんは記述します。
(日本人は)かなりホモジニアスな国民です。いわば、ユーゴスラヴィアが抱えている問題を最も理解し難いはずなんですね。にもかかわらず、いや、むしろ「違う」からこそ、根源的なところから疑問を解き明かそうとする。だから、かえって斬新な見方ができて、いい本が書けるんだなと感心したんです。
(「芋蔓式読書」より/1999年「アイ・フィール」初出)
なぜ日本人は外出するとすぐにトイレに行きたがるのか?問題
「わかる、わかる!」と思いました。
自分もその傾向があるし、多くの日本人もそういう行動をしそうです。
「なぜ、よりによって外出時に」というタイトルで外国における日本人観光客のトイレ問題が取り上げられています(「JR東海」2000年10月号初出)。
ベルギー人ガイドいわく・・・
なんであの連中(日本人)は、外に出た途端に、必ずトイレトイレと騒ぎ出すのかねえ。・・・・・・地球上にはいろんな民族がいるが、わざわざ外出時にやたらオシッコしたがる民族ナンバー・ワンは、間違いなく日本人だと思うよ。
(その後のフランス語での会話)
ベルギー人ガイド:「だけど、珍しいよ、お嬢さん。・・・日本人で公衆便所に立ち寄らないの」
米原:「私は膀胱のキャパが大きくて、締まりがいいのかも」
ガイド:「なるほど。日本人の平均的膀胱の容量は小さいうえに締まりが悪い、と」
米原:「いまのは冗談(それにしても、なぜなんだろう)」
米原さんは自分がそのタイプではないので結局理由はわからないみたいです。
が、私は自分の行動パターンを考えて、日本人がよくトイレに行きたがるのはこういう理由によるものではないかと思いました。
日本人には心配性の人が多い。->日本とは勝手のちがう外国で「もしトイレに行きたくなったらどうしよう? もしトイレが見つからなかったら・・・?」と考えて不安になる。->緊張してトイレが近くなる。次のトイレがいつ見つかるか未知数なので、トイレを見ると念のため必ず済ませるように気をつけるため。
<追記>
トイレが近い問題に関して、新たな発見がありました。
私もトイレが近めの人間でしたが、2022年の4月に心臓手術を受けて以降、トイレが遠くなりました。
というのは、心臓手術の前後はほとんど水を飲めなくなります。
たくさん水分を摂ると心臓の活動量が増えるので、飲まないほうがいいのです。
手術から300日以上たった現在では水分制限はありませんが、水分を摂らなくても大丈夫だと発見してしまったので、もう手術前ほど水を飲まなくなり、その結果、トイレに行く回数が減りました。
私がそうでしたが、日本人には「水分を摂ったほうが健康になれる」という信仰があるのではないでしょうか。
もしかしたら他国の人たちは日常的に日本人ほど水分を摂らないのかも。
だから日本人ほど頻繁にトイレに行かないのかも。
反日感情解消法
「反日感情解消法」はわずか3ページ強の短いエッセイですが、外国人/日本人に対する偏見・敵意の解消法がシンプルかつ分かりやすく書かれています。全文読んでもらうほうが早いですが、一部引用して『ガセネッタ&シモネッタ』の紹介を終わりたいと思います。
外国人と直接出会うのは、優れて魅力的な人々に限るべきだなどというつもりは毛頭ない。だいたい、どんな人に魅力を感じるのかは人によって千差万別。むしろ、なるべく多様な日本人のサンプルが外国人に知られることこそが肝心である。
テレビの画面を通して伝わってくる、裃を着ない普通の日本人、その喜怒哀楽に満ちた日常。何だ、日本人は、われわれと少しも変わらない同じ人間ではないか。この感覚こそが、異なる国の人々がお互いの偏見や敵意を乗り越えるベースとなるのではないか。
(「反日感情解消法」より/2000年「熊本日日新聞」初出)
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執筆者:椎名のらねこ
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